第178話 エルディア
馬車に揺られて約一日。
日が真上に上る頃、バレンタイン侯爵領へと到着した。
侯爵領は大きな森に囲まれるような形になっているが、街道へ続く道は整備され切り開かれている。
「ようこそおいで下さいました。シャルル殿下、そしてご学友の皆さま」
コーデイル侯爵領で話したきり、久しぶりのリッピ・バレンタイン侯爵との再会である。
数年前に一度あったきり、それ以降特に親交があったわけではないので、変な緊張感があった。
この国のお姫様が来ているということもあり、侯爵家当主自らの出迎えである。
「リッピ・バレンタイン侯爵。お出迎えありがとうございます。数日の間お世話になりますわ」
シャルル姫や他の面子の挨拶や紹介が終わり、最後に俺の番が回ってきた。
「アシム準男爵、お久しぶりでございますね。今回は間引きの依頼を受けて頂きありがとうございます。本日はお休みになって、明日内容をご説明させていただきたいと思っております」
侯爵は準男爵と比べられないほど偉い立場なのだが、すごく丁寧な歓待を受ける。
アメリアからも挨拶を受け、屋敷での休憩を促される。
しかし、こちらとしては一日でも長く遊んでいたいので、魔物の間引きの話は今日中に済ませてしまいたい。
「お気遣いありがとうございます。ですが、心配は要りませんよ。これでも鍛えているので、間引きの内容は今日中に話合えませんか?」
「そうですか、こちらとしては間引きが早まることはうれしい限りです。それではお言葉に甘えさせて頂きます」
侯爵様としてもそちらの方が都合が良いらしく、今夜会議を設けることになった。
バレンタイン邸にシャルル様付きの護衛達が荷物を運びこんでいく。
「僕たちも荷物を運び込もうか」
他の面々は大きめのカバン一つで済む程度の荷物しかないので、自分対達で運び込む。
バレンタイン侯爵家のメイドなどが手伝おうとしてくれたのだが、それよりもシャルル様の方を手伝ってもらった。
一国の姫だから荷物が多いのは否めないが、付いてきている護衛の人数も考えると仕方のないことだった。
荷物も運び終わり、お昼ご飯をご馳走になった後は自由時間となった。
ならばと、会議の時間を早められないかと相談したのだが、実は俺たち以外にも魔物討伐の依頼を引き受けた人たちがいるらしく、その人達が到着するのが夕方頃だとか。
仕方なく時間を潰すためユーリと鍛錬を積み、少しだけ町の外へ出たりした。
冷緑の森は町の外にあるので、明日以降は屋敷を離れキャンプを張る予定だ。
そうこうしているうちに夕食の時間となり、もうひとつの討伐隊と会食を兼ねて自己紹介をすることになった。
「初めまして、ハンターを生業としているエルディアという」
端的な挨拶だが、その目は俺を捉えて笑っていた。
かくいう俺もそいつの姿を見たときは驚いた。
エルディアというハンターの容姿は、髪色こそ変えているものの、あの夜見た銀髪のヴァンパイアそのものだったのだ。
「エルディア様は十年程前にあの幻獣グリフォンを討伐し、一躍有名になられたお方です。アシム殿はまだ生まれていない時の話になりますな」
幻獣グリフォン。
存在そのものが伝説のような魔物で、まず出会うことすらできないと言われている。
もちろんその討伐難易度などわかっておらず、謎に包まれた生物なのだ。
「それはそれは、あのエルディア様ですか。お逢い出来て光栄です」
噂程度には聞いたことはあるが、まさかその有名なハンターがヴァンパイアの真祖カベイラだとは思わなかった。
しかし、カベイラがグリフォンを見つけ、討伐したという話は納得できた。
普通の人間ハンターならば、自分の目でその実力を確かめなければわからないが、カベイラの実力は俺では推し量れないのは実証済みである。
どんな理由かわからないが、今回の間引きの件はカベイラが出てくる案件ということになってくる。
「それはこちらもだ。アシム様は幼いながらも国王様から直接爵位を頂いた人物。一度会ってみたかったんだ。ああ、私は平民出身でね、丁寧な言葉遣いは出来ないからそこは理解してくれ」
カベイラことエルディアの言葉遣いはシャルル殿下にも許された。
それだけ凄い人物として扱われているようだ。
「魔物の間引きの話はこの後するとしましょう。今はお互いのことを知るためにどうぞご歓談を」
会食の間はお互いのハンター業の話をしたりした。
時折それはヴァンパイアの話ではないかというものもあったが、やはりカベイラの戦闘能力は群を抜いているようだった。
それに、一緒に来ている仲間もヴァンパイアのようなので、もしここで襲われでもしたら、俺たちではどうしようもない戦力差であった。
「それでは今回の冷緑の森での魔物討伐の概要をご説明させて頂きます」
バレンタイン侯爵のより詳しい説明を受けた俺達だが、その内容からは何故カベイラが出てきたのか皆目見当もつかなかった。





