第176話 婚約者候補
揺れる馬車が、一際跳ね上がる。
「きゃあっ!」
比較的質素なドレスに身を包んだシャルル様が倒れこんでくる。
「大丈夫ですか?」
話相手が欲しいからと、シャルル様の馬車へ呼ばれた俺は、態勢を崩した姫様を支えてあげる。
俺はシャルル様の正面に座っているので、椅子から転げ落ちるような形なのだが、正直そこまで強い揺れではなかったはずだが……。
「ありがとうございます。手、暖かいんですね」
気のせいだろうか、馬車の中が少しピンク色な気がするのは。
今回サリア様も誘おうかと声をかけたのだが、聖女としての仕事があるからと断られた。
しかし、その理由には少しおかしい部分があった。
俺がシャルル様に、サリア様にもお声掛けしときますねと別れ際に言うと、少し慌てたように、サリアは聖女として忙しい時期だから難しいかもと言ったのだ。
そして、サリア様に最初声を掛けたときには、スケジュールを確認すると一度持ち帰ったが、ほぼほぼ行けるようなことを言っていた。
そこから聖女に対して王家からの依頼である。
意図的にサリア様を遠ざけたとしか思えない。
テスト期間中にもサリア様を含めた大聖堂建設計画関係者と会議をしていたのだが、その時にしていた雑談で、夏休みは予定が空いているからという話をしていたのだ。
なので、サリア様もと誘ったのだが……。
「シャルル様、何が狙い?」
ここはもうストレートに聞いてしまおう。
話相手なら姉であるエアリスでもよかったはずだし、なんだったら俺とエアリス姉さんの二人でもよかったのだ。
むしろそちらの方が人数も増え、会話も弾むと思うのだが。
「サリアだけずるいのです! 長期間に渡る旅行! 一か月ですよ一か月!」
精霊の国のことだろう。
一か月とはいえ、その期間は俺の看病で忙しかったはずだ。
「とはいえ、置いてくることはなかったんじゃない? 一緒に行けばいいのに」
今度はシャルル様も一緒に行けるのだ、サリア様を置いていく必要はない。
「……羨ましかったの」
「羨ましかった?」
最初の方が小さくて聞き取れなかった。
「アシムのそばに居られて羨ましかったの!」
「シャルル様それって……」
そんなことを言われては勘違いをしてしまう……。
いや、シャルル様の様子を見る限り勘違いではなさそうだ。
「勘違いしないでよね! あなたは私の婚約者候補として名前が挙がってるだけなんだからね! それで意識するようになって、気になってるとかないんだからね!」
なんだ……このツンデレ感。
ツンデレ教科書があったら参考例として載っていそうなセリフだ。
だから他の女性の名前を出され慌てたのか。
それも、一か月共に出かけていた相手ともなれば。
「なるほど……婚約者候補! 僕が!?」
リーゼロッテが笑いながら話しかけてくる。
「お前は歳も近いし、実績もある。まあ、まだ貴族としては継続的な活躍が必要だろうが、候補にあがるには十分な人物と判断されたわけだ」
独立どうのこうのという話は聞いていたが、この国のお姫様の婚約者候補になるとは。
急に馬車の中の雰囲気が重くなった気がする。というか気まずい。
ちらりとシャルル様の方を見ると、目が合った。
「青いね~。 青春だね~」
顔を真っ赤にしたシャルル様を見てリーゼロッテがからかう。
姫様は俯いて目をぎゅっとつむってしまった。
「リーゼロッテ。シャルル様が可愛そうだよ。こういうのは黙って見守ってあげるべきだよ」
「おやおや、準男爵様は平気なようだ。むしろ気にしていない態度は相手を傷つけるんじゃないか?」
確かに、婚約者候補と伝えられたのに、飄々としていればシャルル様に興味がないように見えるかもしれない。
まあ、正直こんな子供の恋愛なんて……という気持ちが強いのだが、姫様の顔立ちからして将来は超絶美人なのは間違いない。
そこは非常に興味をそそられるポイントなのだが、不誠実な態度は見せられない。
「シャルル様」
俺は姫様の前に片足を折り、跪く。
その柔い手を取り、今の気持ちを正直に伝える。
「僕が婚約者候補という話は正直困惑しています。ですが、王国の貴族として恥ずかしくない行動を取ってきたつもりです。だからシャルル様に相応しいとは言えませんが、これからも僕なりに王国を支える一員として全力で頑張らせていただきます」
口上をシャルル様は聞き入っている。
「そんなことを言うためにお前はシャルル様の手を取ったのか?」
リーゼロッテは手厳しい。だが、嘘や、勘違いをさせてしまうようなことはできない。
「シャルル様が困ったときは僕をお呼びください。どんなに遠くにいても必ず駆けつけます」
「よくぞ言った! 男だぞアシム!」
俺の言葉にシャルル様はゆでだこのように真っ赤になった。
今にも頭から湯気が噴出してきそうだが、これが俺の精一杯の言葉だった。
「はぃ」
シャルル様はか細い声だが、そこにはしっかりとした喜びが乗っていた。





