第169話 化け物の中身
化け物の叫び声と金属同士がぶつかり合う音が混ざり、壁の向こうから鳴り響いてきた。
恐らくユーリが応戦しているのだろうが、そうなるとサリア様とジュミを逃がす人がいなくなってしまう。
急いで自分で作った土壁を解除する。他の人の魔法だと解除は難しいだろうが、己の魔力を使ったものならその魔力を操作して無散させてやればよい。
少し時間が掛かってしまったが、まだ戦っている音がするので恐らく間に合っているだろう。
「ユーリ! サリア様とジュミは!」
土壁の向こうではユーリが化け物の長い爪を剣で受けており、サリア様とジュミの姿が見当たらなかった。
「上にいる!」
二人は腰が抜けて動け無さそうだったが、この数十秒の間に這ってでも階段を登ったのだろうか。
しかし今はそれを確認するよりも化け物をどうにかしなければならない。幸いにもサリア様とジュミの身柄を守らなくてよくなった。
「ユーリ! 二人で倒すぞ!」
化け物と戦って余裕がないのか、ユーリはこちらに視線も向けずにコクリと頷くだけだった。
だが、それで十分。日頃から鍛錬を一緒に行う中で培ってきた連携には自信がある。俺が化け物に魔法を撃ちこめるようにユーリが敵と戦う位置をコントロールする。
「ファイヤストーム!」
ファイヤストームは火魔法と風魔法の複合魔法だ。実はこの魔法未だにこの世界で使える者がいない(自分調べ)のだ。
少なくとも自分の周りには複合魔法など使う人などおらず、単体魔法が一般的である。
ではなぜ俺が使えるのかというと、何も特別に魔法を覚えたわけではない。
この魔法のカラクリは、火魔法の『ファイヤインパクト』を撃った直後に『ウィンドストーム』を撃ちこむのである。
これが難しく、『ファイヤインパクト』の勢いがなくなってから『ウィンドストーム』を撃っても火が消えてしまい通常の『ウィンドストーム』になってしまう。
だが、ある一定以上の火力を保ったまま二つの魔法が合わさると『ウィンドストーム』が炎を纏、爆発しながら飛んでいくのである。
化け物はユーリに釘付けになっており、俺の攻撃を避けることは出来なかった。
「やったか!」
耳を塞ぎたくなるような大きな爆発と共に化け物が炎の風に巻き込まれ、床に叩き付けられる。
化け物の着物は所々が黒く焼き切れ、本体にも相当なダメージが入ったようだ。しばらく動く気配がなかったのでユーリが近づこうとする。
「ユーリ待て! 何かおかしいぞ!」
俺の忠告にユーリは素早く構え、後退しようとする。だが、化け物は近づいてくるのを待っていたのかいきなり飛び起きユーリに襲い掛かった。
「くそっ! こいつ再生してやがる!」
ユーリは化け物の一撃をどうにか受け止めながら回避行動を取る。先ほどと同じように遠距離魔法で援護するには立ち位置が悪すぎる。
なので思いっきり距離を詰めて近距離での魔法を発動させる。
「水刃」
『カッター』系統とは別の斬る魔法だ。手に水の刃を纏わせ直接叩き斬る。『ウィンドカッター』は遠距離でも空気抵抗を抑えているのでそれなりの威力が出る。
だが水魔法では空気抵抗の影響を受けやすいため風魔法ほど威力が出ない。しかし、それだけの『質量』を持つ水魔法が威力を落とさず撃てるなら、それは風魔法の威力を遥かに凌駕する。
『水刃』は『ウィンドカッター』よりも強く、深く化け物を斬りつける。さらに、『水刃』は手刀の形で使っているので何度か繰り返し使える。
両腕に携えた水の刃で何度も何度も化け物を斬り刻む。殴るように、突き刺すように攻撃した手を化け物は無理やり止めようと自分の武器である爪をぶつけてくる。
「どんな爪してんだよ!」
こちらの攻撃を止めた爪が破損することはなく、水の刃を止めた。その間にユーリのいう通り化け物の傷が再生していく。
俺と拮抗している間にユーリが化け物を斬りつけるが、物理攻撃は受け付けないらしく剣が通り抜けた。
「ユーリ! こいつの有効打は爪だけだ!」
この言葉でユーリは理解したようだ。攻撃も防御も爪さえ注意していればどうにかなる。爪が本体と考えるのだ。
それに、ユーリは爪にしか攻撃できないが、魔法を使える俺は化け物の全身へダメージを与えることができる。
圧倒的有利のはずなのだが……。
「どんな再生力してんだよ!」
――――――際限のない回復
実体があるのかどうかさえ怪しいのに、その身体は再生を凄い速さで行う。このままでは消耗戦でこちらが先にへばってしまう。
「助太刀するぞ!」
上の階で回復したのか、ジュミが階段から現れた。後ろにはまだ震えているサリア様の姿も見えた。
「忍法! 火炎放射!」
ジュミは無属性を司っているため属性魔法を使えないはずだが、指を口の前に構えそこに息を吹きかけると炎が化け物へ向かって放たれた。
「効かないだと!」
俺の炎は効いていたはずだが、ジュミの炎は無効果されているようだ。火炎放射を喰らって平然と立っている化け物の着物が焼け落ち、中身が露わになる。
「これは……」
中から現れたのは所々皮膚が残っている骸骨だった。
「呪い……札」
そして、ジュミの視線の先には胸骨の中に浮かぶように張り付けられているお札があった。





