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第168話 封印されしモノ

「な、な、な! お主今しがた封印を解くのは難しいと言ったではないか! 嘘を申したのか!」


 状況に追いつけていないジュミは自分が嵌められたと思っているようだ。確かにちょっとした悪戯心があったのは否定しない。

 しかし、俺が話していたのは一般論であり、アシム・サルバトーレのことではない。さらに言うなれば、俺より魔法の制御が得意なアイリスならば最初に魔力を流し込んだ時点で解除してしまうかもしれない。

 俺? もちろん調整は必要だったけど、一人で魔力量を合わせるのは結構簡単だ。むしろ別々の量を別々の魔法で行う方が遥かに難しい。


「あれは一般論だ。四属性、四元素の魔法だけど、それを行使できる人間には簡単なのさ。多分ジュミの師匠も四元素の魔法使えたんじゃないかな?」


 俺の説明にジュミは豆鉄砲を食らった鳩のような顔をした。若干よだれが垂れているのはあえて見ないでおこう。あ、サリア様にハンカチで拭かれている……ジュミは小柄なので妹と姉のようだ。


「お主そこまでわかるのか! 確かに師匠は四元素の魔法を使えるのじゃ!」

「そして、その師匠は外から来た”人間”だった?」


 ジュミの瞳は先ほどから驚きで大きく見開かれていたのだが、俺が師匠なる人物が人間ではないかと言ったらさらに目を大きく開いた。


「お主……何者じゃ?」


 ジュミの問いかけにドキリとした。恐らく畏怖の念を込めての問いかけなのだろうが、転生者として引っかかるところがある。

 そして、恐らくだがジュミの師匠も転生者なのだろう。

 その根拠は、”忍者”という言葉にこの巻物に使われている”漢字”の存在である。

 これは明らかに日本人の痕跡であり、俺の他にも転生者がいることを示唆していた。

 もしかしたら”転生者”ではなく”転移者”の可能性もあるが……。


「ア、アシム様! 巻物から何か出てきました!」


 サリア様の叫びにジュミも視線を巻物へと向ける。もちろんユーリと俺は最初から”それ”の存在を目で追っていた。


「な、なんじゃ! この化け物は!」


 現れたのは赤い着物の女のようなモノであった。現代日本人ならば幽霊や妖怪と呼んでいる類のモノだろう。

 異世界に転生してきて魔物や人と戦ってきたが、この妖怪のようなモノを見たときは背筋に寒気が走り抜けた。


怨嗟(えんさ)……?」

「この化け物エンサというのか! 人のような形をしてるいが、魔物であるのか?」


 ふと呟いた怨嗟という言葉が名前だとジュミが勘違いしたようだ。この際名前はなんでもいいが、果たして魔法や物理攻撃が通用するのか怪しいところではある。


『ア゛ァァァヴェェェア!』


 化け物は俯いているので、黒髪で顔が覆い隠されている。だが、その奥からは憎悪を込めたような声を発していた。


 ――――――悪意の塊


 化け物を表す言葉ならこれだろう。

 化け物から感じるのは恨み……そしてそれが悪意へと昇華されているような感じだ。まるで、恨む相手がいなくなり、見境なくその感情をぶつけているようなそんな感じだ。


「も、もしかしてあれか? 師匠が残したカラクリではないか? 弟子をからかうためにこんなおぞましい姿形を取らせたのではないか?」


 それはないだろう。こんなもの人間の手で作れるハズがない。こんなにも感情が伝わってくるなど普通ではあり得ないだろう。

 そうこうしているうちに化け物が動き出した。恐らく自分を封印していた巻物を壊そうと思ったのだろうが、何かの力に守られているように化け物は巻物に触れることができなかった。


『ア゛ァァァア!』


 巻物が破壊出来ないと知った化け物の次の行動は至ってシンプルだった。


「危ない! 伏せろ!」


 俺の声のすぐあとに化け物は手当たり次第に攻撃を始めた。みるみるうちに部屋の中がボロボロになっていく。


「ユーリ!二人を連れて逃げろ!」

「お前はどうするんだ!」


 ユーリにジュミとサリア様を連れて逃るよう指示を出す。この化け物は未知数のため正直試してみないと勝てるかわからない。


「もちろんコイツを倒す! このまま外に出たら暴れるだろ!」

「……わかった。だが、時間を稼ぐだけでいいからな? 二人を逃がしたら俺も戦う!」

「わかった」


 なんとも頼もしくなったなユーリ。魔法を使えばまだまだ俺の方が強いが、身体強化を使った”武術”のみならば引けを取らない。

 そんなユーリの援護がくると分かっていればこちらは粘る戦い方をすればいい。だが今は一刻も早く”腰が抜けてしまった”二人を避難させなければならない。

 この部屋は今悪意で満ちている。それを肌で感じた二人は恐怖で立てなくなってしまったようだ。


「ウィンドバレット!」


 速さと貫通性能を高めた風の弾丸を化け物に撃つ。そして、その魔法は化け物を無意味にすり抜けることなくちゃんとダメージを与えた。


『ガァァァ!』


 苦しそうに呻いた化け物がふらつく。その隙にユーリが二人を担ぎ出口に向かって飛び出す。

 化け物は一人も逃がす気がないのか、走り出したユーリを追いかけ始めた。化け物は地面を滑るように移動してくる。

 ユーリが遅いわけではないが化け物がユーリに迫りくる。


「いや、ダメだよ! 僕がいるのに邪魔されないと思ったの?」


 土魔法で壁を作り、化け物がユーリを追いかけられないように分離する。

 しかし、次の瞬間壁は何故か俺の後ろに移動していた。


「え!?」


 状況が理解できないでいると、土壁の向こうから悲鳴が聞こえてきた。


「嘘だろ! 化け物と位置が入れ替わってる!」


 どうやら化け物は転移系の魔法が使えるようだ。

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