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第143話 治療

白いベッドの上にはやせ細り、頬がこけた老人が眠っていた。


「このように、今は起きている時間が少ないのです」

「大分衰弱しているようですね」


カトリーナの説明を聞いていると、もう間もなく教皇様は死んでしまうのではないかと思われた。

シャルル姫と貴族である自分がそれを認識することによって、教皇様の病死に疑いの目を向けられないようになるはずだ。


つまり、この面会にはカトリーナの無実を証明する立会人の意味も込められているのだ。

実際に悪いことをしているカトリーナにとって、王女様と貴族の口から有利な証言をしてもらうのはこれ以上ない援護になる。


「では、回復術師に見てもらいましょう」


王城から連れてきた術師を呼び治療に当たらせる。

術師は唾などが飛ばないように口元に布をかけており、汗が落ちないように助手が隣でサポートをしている。


「時間がかかりそうなので皆さんはお休みください」


助手が部屋から出るように促す。


「治りそうですの?」


カトリーナの声音から焦りが見え隠れする。

普通に考えるならば、何をやっても治らない教皇様のことを心配しているように見えるだろうが、事情を知っている側からすれば滑稽だった。


「それはわかりません。教皇様の身体への負担を考えて丁寧に治療を行いますので、時間がどうしてもかかります」

「本当に大丈夫ですの? これで教皇様に何かあったら責任がとれるのですか?」


どうやら大人しくできなくなってきたようだ。

教皇様の体調が治ることは非常に都合が悪いだろう。

当初の目的である次期教皇の座が遠のくうえに、もしかしたら毒を盛っていることがバレるかもしれないからだ。


「術師は私が連れて参りました。責任をというのであれば私が取りますわ」


冷静に、威厳を感じさせる言葉がカトリーナを黙らせる。


「では、出ましょうか」


カトリーナがこれ以上難癖つける前に全員の退出を促す。

外に出ると、冷静なシャルル姫とは対照的にカトリーナは落ち着かない様子だった。


「焦っても仕方がないですよ。我々は部屋へ戻り治療を待ちましょう」


そう声を掛けると一瞬睨まれたが、それは不味いと気づいてすぐに表情を取り繕っていた。


「ええ、そうですね。ハーブティーを用意させましょう」


先ほどの客間へ戻り治療を待つことになる。

その間は大聖堂の話を中心に、カトリーナが食いつきそうな話をしてあげていた。


「聖書ですか?」

「はい。教会が作るということが重要なので……」

「失礼します。治療が終わりました」


新しい金を生むシステムの話をしてあげていると、部屋にメイドが入ってきて話を遮られた。


「どうでしたか?」


お金の話で心が落ち着いたのか、カトリーナは冷静に聞き返していた。


「詳しい報告は術師様から行うそうです」

「わかりました。では向かいましょうか」


結果が早く知りたいのか、カトリーナは先に部屋を出てしまった。


「シャルル様行きましょうか」

「そうね。あのようにはなりたくないものね」

「清廉潔白に生きていれば大丈夫ですよ」


シャルル姫がカトリーナを指して怪訝な顔をする。

どうしても焦りが勝ってしまい、王女様を置いていく無礼を平気で行うのは普通ならば許されない行為だ。


「アシムは私が悪いことをしても味方でいてくれる?」


何か思うところがあるような問だった。

ここはどう返すのが正解か悩んだが、正直な気持ちを伝えることにした。


「僕の敵にならないのであれば、今までの御恩をお返ししますよ」


かっこよく、何があっても守りますと断言出来ればいいのだろうが、自分には家族という一番大事な存在が最優先だった。


「ふふっ! 今はそれでいいでしょう」

「今は?」


何か含みを持たせた言い方だが、何を狙っているのか見当もつかない。


「教皇様のところへ行きましょうか」


シャルル姫はそれ以上何も言わずに話を終わらせた。

引っかかるものがあるものの、今は教皇様のことをどうにかしなくてはいけないので強引に話を続けることもできない。



部屋へたどり着くと、回復術師とカトリーナが話していた。


「詳しい説明はお二人が来てからにしましょう」

「私を信用してないというの」

「いえ、そういうわけでは」


何やら問い詰められて困っていそうなので、助け船を出してあげる。


「カトリーナ様、私達も一緒に説明を聞きますよ」

「落ち着いてください。病人の前ですよ」


シャルル姫もカトリーナを諫める。


「……失礼しました」


自分の行動がおかしいことに気付いたのか、大人しく引き下がった。


「では説明をお願いできますか?」


回復術師への説明を求める。


「はい。まず、教皇様の体の中にある毒素をほとんど取り除きました」

「毒素? それは毒を盛られていたということ?」


シャルル姫が毒殺の可能性を指摘する。


「それはわかりません。毒素というものは本人がしらないうちに体に溜まっていくものです。人為的なものなのか、自然に発生したものなのかは判断できないのです」


もちろんその毒を盛る瞬間をとらえているので、犯人が誰かも分かっている。

しかし、現行犯で捉えなければやはり立証は難しい。

悪徳貴族などはこれを利用して、トカゲの尻尾切りで悪いことをしていたりする。


「その毒が原因でしたのであとは体力が回復するのを待つのと、再び毒が再発しないように経過観察が必要です」

「教皇様は治ったのですね」


嬉しいのか嬉しくないのか分からな声音でカトリーナが聞き返す。


「はい」


回復術師は感情を感じさせない平坦な返事をした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても面白かったです [一言] 一巻発売おめでとうございます これからもガンバって下さい メッチャ応援してます
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