第136話 交渉
―――次の日
実家から学園へ登校することになったので、久しぶりに一人の道のりだった。
学園へ到着しても特に変わったことことはなく、無事クラスメイト全員帰ってこれたようだ。
今回の遠征で一番凄かったのは誰だと話題にはなっていたが、成績がつけられるわけでもなかったので、結局個人個人の感想の域を出なかった。
「アシム君途中で帰ったの?」
「一般人が倒れてたのを助けたんだって?」
休み時間になると双子のライアとマイアが話しかけてきた。
「うん。ちょうど僕の班が発見したからね、騎士団長と一緒に保護したんだよ」
「そうなんだ。その人大丈夫?」
ライアが心配そうにする。
「大丈夫だよ。熱が出たけど休めば治るってさ。それよりライアとマイア昨日は凄い活躍だって聞いたよ?」
クラスの話ではライアとマイアが所属している班が凄いというのを聞いた。
「あれね、たまたまだよ。珍しい魔物が出てくれたから」
ライアとマイアはグリーンウルフという魔力を持った魔物と遭遇したようだ。その時一緒にいた仲間は何も出来なかったが、双子の連携でなんとか倒せたらしい。
実質二人で魔力持ちの魔物を倒したことになる。
「いや、2人とも凄いよ!」
ライアとマイアは褒められて気分がよくなったのか、その時の戦いを詳しく話してくれた。
おかげで保護した聖女のことは何も聞かれずに済んだ。
それから、実家から連絡がきたのは三日後のことだった。聖女の体調が治り、元気になったので話を聞けることになったのだ。
実家に向かって門の前につくと何やら先客がいるようだった。
「申し訳ありません。アダン様はまだ仕事中でございます」
「では、聖女様を連れて帰ります。教会における重要人物ですので文句はありませんよね?」
「ですから、アダン様の許可がなければ私共ではどうすることもできません」
言い寄っている人物は修道服に身を包んでおり、聖女を連れ帰ると言っているようだ。
「聖女様の意思はどうなっているの? まさか軟禁しているわけじゃないでしょうね?」
声が高く、耳に響くのが煩わしいが、クレームを入れるには最適な人材だと思えた。
このまま放っておくこともできないので、対応に困っている執事を助けるべく声をかける。
「どうかしましたか?」
修道服を着たシスターはこちらにふり返ると、尖った眼鏡の縁をクイッとあげ訝しげな視線を送ってきた。
「お坊ちゃんは誰? 今大事な話をしているの邪魔はダメよ?」
「僕はアシム・サルバトーレ。この家の長男です」
自己紹介をすると、少し目を見開いて不気味な笑みに変わった。
「それで、用件というのは聖女様のことでいいですか?」
「ええ、彼女は教会の所属だからお迎えに来たのよ」
取りあえず客間に通してみたものの、非常に厄介だ。聖女の話を聞く前に、教会に身柄を確保されてしまえば手出しができなくなってしまう。
サルバトーレ家として教会の権力争いに興味はないが、一人の少女が危険な目に遭うのを分かっていて放っておくことは出来ない。
「なるほど。しかし、聖女様は体調が未だ優れない様子です。もうしばらく療養してもらった方がよろしいのではないですか?」
「その必要はないわよ。教会でも十分療養できるのだから」
もう言うことはないでしょうと、こちらを侮った態度を隠すこともしない態度をとっている。
実際こちらの言い分が苦しいのは理解している。この屋敷よりも、治療魔法を行使できる教会にいる方が患者としても安心だろう。
だが今回はそうも言っていられないので、貴族のやり方で戦うことにした。
「まあそう言わずに、以前から聖女様とはお話しをしてみたいと思っていたんですよ」
急に変なことを言い出したことにシスターの左の眉が上がる。
「この屋敷周辺には教会が少ないことが以前から気になっていたんですよ」
「あら、お坊ちゃまは信者なのかしら?」
「教会の活動には非常に興味があるんですよ。特に教会に隣接して孤児院をおつくりになっているではありませんか! そういった困った人々を助ける教会は、本当に素晴らしい組織だと思っています」
褒められて嬉しいのか、目に見えて機嫌が良くなった。
「あら、そんな小さいのによく勉強していらっしゃるのね」
「教会の素晴らしい話はよく聞きますよ」
嘘だ。孤児院は実質教会を運営する人材の育成をする場で、国やその土地の貴族から多額の寄付を受けている。
路頭に迷う子供達の受け皿として非常に素晴らしい活動なのだが、実は裏で戦闘人員を作っていたりする。
主な目的としては教会の労働力を賄いながら、孤児を救うという素晴らしいものだが、違う側面として子供の頃から教会の都合のよい人材を育成するという面もあるのだ。
この情報は、元闇組織の私兵団を使って集めさせた。というよりも、ライゼンから聞いた。闇組織は教会から依頼を受けることもあるらしい。
基本的に暗殺対象への手引きだったり、証拠隠滅依頼だったりするので、教会が暗殺者を保有していることは界隈で有名なのだ。
そんな権力と暴力で汚れた相手を黙らせる一番の薬がある。
「今度この近くに教会と孤児院を建ててくださいませんか? 勿論サルバトーレ家がお願いしていることなので、それなりに寄付させていただきますよ。もちろん父も同じ気持ちですのでご安心下さい」
アダンとそんな話したことはないのだが、貯蓄は十分あるので問題はない。
そこに、影響力を広げるための建築、貴族から多額の寄付、聖女との交流……。
――――――互いの利害が一致した瞬間だった
「それは素晴らしい! 神もお喜びになるでしょう。ここに教会が建つならば、聖女がいる場所に相応しい聖域となるでしょう。それならば、聖女様のお話を聞くのも必要でしょうから、今回は様子をみることにします。立派な教会となれば聖女様もお住みになるかもしれないわね」
聖女を近くに置きたいならデカい教会建てろよということだろう。
ここで明言をしないのは、このシスターにそこまでの権力がないからだと思う。だが、聖女を置いていく判断が下せるということは、地位が低いわけでもないのだろう。
後日教会を建てるための調整をすることを約束し、話が終わるとシスターはさっさと帰ってしまった。
「気に食わないな」
「ユーリ……主人が下に見られたのが悔しいのか?」
「そんなわけないだろ!」
この話を隠れて聞いていたユーリが出てきて話しかけてきた。
「一応尾行しといてくれ」
「へいへい」
あのシスターが、弱みを見せたら利用してやるつもりで素性を調べさせることにした。





