0-13 庭園の戦い
ランとユリが喧嘩別れになったわだかまりを解決させ、いざ城から脱出しようとした瞬間に現れたスフェー。彼の登場にランは警戒を強め、ユリは驚き目を丸くする。
一方でスフェーは一度ユリに優しい笑みを向けてからランに視線を移すと、一瞬で目つきが変わった。
「それで……お前が私の大切な……大切な大切な大切な人をさらった張本人か!!?」
ランはスフェーの視線を受けた途端に突然ナイフに突き刺されるような感覚に落ち降り、思わず冷や汗をかいてしまった。
汗をぬぐったランは自分の体が起こした異変に驚いていた。
(汗? アイツの今の目は何だ!? おれがビビったっていうのか!?)
「お兄様……」
「お兄様!?」
更に警戒を強めていたランだったが、そばにいるユリが口にした台詞に思わず彼女の顔に振り返ってしまった。
「アイツ!? お前の兄貴なのか!!? てことはこの世界の王子!?」
「その通り!!」
ユリが答えるよりも前に空間内に響き渡る声で回答するスフェー。ランが声に反応して再び前に視線を送ると、この経った数瞬の合間に間合いにまで近づいていたスフェーがランの腹を殴りつけた。
「カハッ!!(いつの間にこんなに近くに!?)」
「ラン!!」
心配するユリの声も聞こえずランの身体は宙を飛び、脱出用に開けていた窓から外に飛び出していき、城の敷地内にある庭園の植物に激突した。
目の前の光景の展開の速さ、何より普段自分に向いたものとは全く違うスフェーの目付きに圧倒されて固まってしまっていた。
スフェーはユリの前をすれ違う前に表情が優しいものに戻ると、彼女に一声かけてきた。
「怖かったねマリーナ。大丈夫、すぐに終わるからちょっと待っていてくれ」
一方的に話を終えたスフェーはランに続いて窓の外に出て庭園に出ると、破損した植物を見てため息をついた。
「城の芸術的な庭園がこうも汚されるとは……」
「お前がぶっ壊したんだろうが」
嗚咽で吐き出た涎を手の甲で拭いながら立ち上がるラン。スフェーが庭園の七期から通路にまで歩くと、庭園の中で彼を睨みつけるランに声をかけた。
「早く出て来い。これ以上庭園を汚すのは心が痛いからな」
「だったらさっきの室内で戦えばいいってのによ」
「由緒ある城を戦いで傷付けるとでもいうのか? ふざけるな」
スフェーが若干怒りの混じった声を出した瞬間にランは彼の死角から飛び出し不意打ちを仕掛けた。
しかしスフェーはこれを紙一重で回避しつつ身を捻り、前傾視線になったランの後ろの腕を掴んで後ろに回し拘束した。
「イタタタタ!!」
「くだらない不意打ちを。騎士道精神のまるでない奴だ」
「そんな下らねえもの、持ち合わせてねえ!!」
ランは右足の膝を曲げて上げスフェーの股を蹴り上げにかかったが、ここでもスフェーはランの身体を前方に押し飛ばしつつ自身は後方に下がる事でこの攻撃も回避した。
「チッ、すばしっこい奴だな!」
ランは解放された途端に続けざまに飛び出して殴り掛かり、続けて何度も殴り掛かった。しかしスフェーはこれを全て回避し続けながらもはや呆れてため息を吐いていた。
「酷く雑な攻撃、まるで獣のようだ。姑息な手しか使わない辺りといい、とことん無作法な奴だ」
連撃を回避されたランはすかさずスフェーの足元を狙って薙ぎ払いをしようとするも、スフェーは飛びのいてこれすらも回避。
「クソッ! ちょこまかと!」
ならばと着地したタイミングに体制が整う前に攻撃すればいいとランが構え、スフェーが足を地面に付けた途端に間合いを詰めみぞおちにストレートパンチを向けた。
(よし、これなら!)
「単調な」
スフェーは落下時に自薦にみぞおちのすぐ上に肘を曲げて構えさせていた左腕を下ろすことでランの拳を弾き、逆に一撃を決めようと意識していたランの虚を突き開いていた右こぶしを顔面に叩き込んだ。
「ガッ!!」
直撃したダメージで鼻血を出すランにスフェーはさっきのお返しとばかりに連撃を仕掛けた。
同じ攻撃でもランと違って洗練され、一撃一撃が鋭く素早い。初手を受けて怯んでいたランは関節、溝と全身の急所のほとんどに攻撃を受けてしまい、最後のパンチを受けて吹っ飛ばされた。
地面に背中を擦り付け倒れるラン。スフェーは彼の無様な姿を上から見ながら冷たい顔を微塵も変えなかった。
「これは全て我が大切な妹に手を出した分だ……私の怒りを買った事、後悔しながら獄界に送られるがいい……」
スフェーは捨て台詞を吐いてこの戦闘を終了したと思った。だが目の前で倒れているランは彼の予想とは反対に立ち上がろうとしていた。
スフェーはランにかなりのダメージを与えた事を確信していた。にもかかわらず彼は腕を付き膝を曲げ、一分もかからずに立ち上がってみせた。
「ボコボコに殴りやがって……ペッ……」
傷付いた頬を擦りながら唾を吐き、偶然にも庭園の植物に唾液をかけてしまうラン。
ランからすれば悪気のなかった行動だが、スフェーは彼の唾を吐く行動を挑発と判断したようで、その顔をより険悪なものに変えた。
「貴様……何処までも無礼を!!」
「あ? 唾吐くことの何が無礼だ?」
「何が失礼かも分からないとは、よほど育ちが悪いと見える……いいだろう、これ以上城の景観を汚される前に終わらせてやろう」
再び近づいて来るスフェー。ランは足を踏み込み、次に振り上げた途端に足を罰渇させることで一気に跳躍。スフェーの予想を超えた速度で懐に飛び込んだ。
「ナッ!!」
動揺を見せたスフェーにランは右拳を叩きこんだ。スフェーは咄嗟に両腕を前方に組んで防御の構えを取るも、ランの拳は触れた途端に爆発を起こしスフェーの身体を吹っ飛ばした。
袖を破壊されつつすぐに体勢を立て直すスフェー。自身の状態と今起こった現象を冷静に考えていた。
(今の爆発……奴はマリーナを誘拐し共にいた。まさか……)
腕をもどしたスフェーは気になった事柄をすぐにランに問いかけた。
「貴様、何故身体を爆ぜさせることが出来る?」
「あ?」
「まさかと思うが、我が妹の血を体に取り込んだのではないだろうな?」
声色が段々と怒りに満ち満ちていくスフェー。ランは自分の拳が爆ぜた事態からまたしても血の力が発動した事に気付き、調子に乗って口にした。
「ああ、貰った。おかげで時折身体が爆発するらしい」
「貴様……!!」
スフェーが聞いた途端に大きく目を見開いて激しい怒りを露わにしたように見えた。だがランには関係ないとばかりに追撃をかけた。
するとスフェーはさっきまで今度はあれだけかわしていた攻撃を受け止め爆ぜる度にダメージを受けていった。
「どうした? さっきまでと違って全然よけようとしないな?」
「当たり前だ。貴様のような雑な奴にこの城の景観をこれ以上汚されるわけにはいかないと言っただろう! その爆発は周りに当てるには危険すぎる」
「こんなこのを守るために体を張るなんてな? 下らねえ」
ランは城を守るために防御に徹するしかないスフェーに容赦のない拳を浴びせ続けた。スフェーは汗を流し焦りを感じるも、その理由は自分が負けること以外にもあった。
(こいつ、つい先ほどあれだけ攻撃を受けて気絶してもおかしくないはず……それなのにこれだけ血を流して、尚且つその血を爆ぜさせているのにどうしてここまで動ける!?)
普通に考えてもう既に限界を迎えていてもおかしくはないランがそれまで以上の馬力全開で攻撃をしてくる。
まるで本当に痛みを感じていないとすら思える猛攻にスフェーは耐え続けていたが、やはり本来一撃受けるだけで気絶してもおかしくない至近距離での爆発を何度も受けてしまってはタダで済むはずがない。
ランの拳を四、五撃程受けたタイミングにスフェーは爆ぜた際の激痛に耐え兼ねなくなり、組んでいた腕を放してしまう。
ランは考えているかいないかすら分からない程の速度の拳をスフェーの胸に激突させ、これを爆ぜさせることで先ほどのラン同様、お返しとばかりに吹き飛ばされた。
振るい切った拳の勢いに体制を崩し手を地面に突き膝を崩すラン。痛みには気づかずともダメージは蓄積された身体はやはり限界を迎えていたのだ。
「クッソ……逃げ出す目前でこんな奴と殴り合うなんて……クソッ! 疲れた……」
また誰かが現れるよりも前にこの場を立ち去らなければと急いで足を進めようとするが動かす足は酷く重く、ほとんど靴底が地面から浮かずに擦られて移動する。
「待て……」
「ッン!?」
ランは聞こえてきた声に驚いて振り返ると、ここでもランのときと同じように、ランのときよりも素早く立ち上がり先程まで以上に強く睨みつけてきていたスフェーの姿があった。
「貴様のような下衆な者に、私は負けない!! マリーナの為に!!」
叫びと共にスフェーは拳を構える。対するランも苛立ちながら拳を握り、お互いに真正面から足を進ませて距離を詰めていく。
互いに意識がほとんど残っておらず、文字通り最後の一撃。荒野のガンマンの撃ち合い勝負のようにどちらがはやいかで決着が付こうとしていた。
「フゥ……」
「スゥ……」
たった数秒ながら何処か長く感じる時間。お互いに間合いに入った瞬間に二人は共により目付きを鋭く睨みつけていき、どちらがはやいかの一瞬の勝負を決しようとした。
「待て!! 少年達!!!」
外野から聞こえてきた叫び声。野太く、何よりそこらのチンピラはもちろん、先程のスフェーの見せたものとも全く比べ物にならない覇気を感じさせられたランは、思わず言われるがままに動きを止めてしまった。
それは相まみえていたスフェーも同様。二人は一瞬にして我に返り、同時に全身が震えて大量の汗が噴き出す奇妙な感覚に襲われた。
(何だこの感覚!? 震えが止まらない? たかだか怒鳴り声を聞いただけで!?)
外面や頭でとは違う、本当に心の底から感じ取るような震えに金縛りにあったような思いになってしまう二人。そこに足音を立て、一人の人物が現れた。
「マリーナの誘拐の次に庭園が何やら騒がしいと思ったら……何をしているのだ? スフェー」
「ち、父上……」
(父上!? てことはユリの親父!!?)
この場に突然現れ二人の戦闘を止めたのは、ユリの父親だった。




