すべての謎は示されたと超自然的存在が言う
長柄の箒や暖炉用の火箸といった道具で完全武装した上川達は、大沢の部屋の前に立つとあまりの変化のなさに困惑した表情をした。大沢を部屋に監禁した際に積み上げた家具のバリケードは何一つ動いた形跡はなく、誰かがそれらに触った様子さえなかったからだ。
意気揚々と魔女狩りに出かけた人々が魔女の住処だと訪れたのが修道院であったような肩透かしである。そうであっても彼らは部屋の前に築かれたバリケードを取り払うと少しためらいながらもコンコンとノックをした。
しばらくの沈黙のあと室内から「はいはい」と気の抜けた大沢の声がした。ガチャリと鍵を外す音が聞こえてスウェット姿の大沢が部屋から顔を出す。箒や火箸を握りしめた生徒を見て大沢は何かを悟ったらしく「今度は誰が死んだのかな?」と訊ねた。
「川部さんです」
上川が短く答えると大沢は「で?」と問いながら「犯人は隠し通路で部屋を出て殺人を行った。そう思っているわけだね」と答えを述べた。大沢にしては頭が回っていると私――一条院楓は少しばかり関心をしたが、よくよく考えてみると部屋に引き籠っているときに鈍器で武装した一団がやって来たなら誰でも「何かあった」と気づくに違いない。気づけなければ、泣き叫んで命乞いの一つでもするだろうから大沢の反応は二つしかない答えの一つにしかないと私は落胆した。
どうせなら「な、なんなんだ。俺を殺すのか? やめろやめてくれ」と、命乞いをしてくれたほうが私的には面白かったのでリテイクでもう一回頭からやってもらえないだろうか? その際はもっと威圧感が出るように上川達にはバリケードから扉のすべてを丸太を打ち付けて壊すようにしてほしい。
なんてことを願っていたのだが、時間は遡ることはない。ましてやループすることもない。
「俺たちは大沢先生がすべての犯人じゃないかと思っています。監禁されたのだって疑いを逸らすためで、俺たちが知らない方法で部屋から抜け出したんじゃないですか?」
「上川。悪いけど、この屋敷が俺のものならそれもありかと思うけど、ここはお前の家の持ち物だろ。隠し通路があって俺には知りようがない。そもそも安達、一条院、川部さん。この三人を俺が殺す理由はなんだ?」
人が人を殺す理由。
恨み。妬み。愛憎。金銭。権力。保身。いくらでも理由を求めることはできる。
「それは……」
答えられないだろう。人は人の気持ちを真の意味で理解することはできないのである。笑顔の裏で殺意を抱いていることだっていくらでもあるに違いない。逆に言えば殺意を持っていないという証明をすること自体が悪魔の証明なのである。
「俺は理由がなくとも人殺すと思うのか?」
理由がなく人を殺す。子供がアリの行列を黙って潰しているようなものだ。そこに悪意はない。単純な娯楽としての凶行。実際にそれが行われたのだとすれば、それはある意味でもっとも健全な殺人と言えるかもしれない。そこに悪意は一つもなく、犯人に利益はない。ただ、行為としての殺人があるだけだ。
だが、今回の殺人はそういうものではない。
なぜなら犯人は犯行を隠そうとしている。
だから、この殺人事件は意図があり、悪意が間違いなくある。
「そういうならこの部屋を好きなだけ調べると良い。俺はこの部屋から出ようがないし、隠し通路はない。この状態で人を殺せたというのなら壁抜けや気功みたいな超自然的な力にすがるしかない」
大沢はそういうと部屋の中の椅子にドカッと腰を掛けると部屋を調べるように上川達に視線を送った。それから小一時間ほど上川たちは部屋を必死で探したが、凶器はおろか秘密の通路一つ見つけられなかった。
こうしてすべての殺人事件は暗礁に乗り上げた。
さて、ここに至り私はある言葉を発せなければならない。
「なぞはすべて示された。知恵あるものはすべての謎を解け」
だが、多くの人は反論されるに違いない。
この物語は信用できない。
それはなぜか? 理由は簡単だ。語り部たる私が本格がもっとも嫌う超自然的な存在であるからだ。死者は語らない。誠に正しい理屈だ。私は信用できない語り部である。それゆえに最初に断わったはずである。
『本格を愛する人々にとって唾棄すべき破廉恥な物語になっている』
ゆえに私からヒントを差し上げようと思う。
まずは犯人についてだ。
三つの殺人事件うち一つは共犯者がいる。残りの二つは単独犯によって行われている。誰の殺人がというのはあまりに優しすぎるので語らない。ただ、その醜悪な共犯者たちは殺人事件以外のところで大きな騙りを行っている。それはある一人のために行われたことだ。
次に本格中華ではない。大衆中華というべきこの物語における超自然的存在は私――一条院楓以外存在しない、と断言しよう。実は陰陽師が式神を駆使していた。催眠術で誰かを操っていましたということはない。
だからこそ、疑ってほしい。
誰を? なんて野暮は言わないでくれると私は嬉しい。
なぜなら、そこまで言ってしまえば名探偵の活躍の場はどこにもない。
破廉恥で恥知らずの物語がただの自爆で終わるだけだ。だから私は名探偵諸兄を信頼してヒントを提示した。これはパイナップルの矜持という奴だろう。しょっぱいに甘いは合わない。ならすき焼きは? みたいなものだ。
ちなみに酢豚という中華料理は本場にはないという。
地域によっては咕咾肉や糖醋排骨というらしい。これでヒントの時間は終わりである。あまりに甘くするとパイナップルを入れるなと言われるのだから。




