41 勇者は、魔王城に侵入する
ゴーレムは、動かない。
膝をついたまま、静止している。
さっきまで殺意の塊だった存在が、今はただの「待機状態」だ。
「……本当に、聞いてるんだろうな?」
俺の呟きに反応するように、ゴーレムの目が淡く光った。
『命令者の指示を待機中』
無機質で、だがはっきりとした返答。
思わず、乾いた笑いが漏れる。
「はは……マジで成功してるのかよ」
心臓が、ようやく落ち着いてきた。
俺は立ち上がり、ゴーレムの周囲を一周する。
近くで見ると、本当に異様な存在だ。
魔族の魔法生物とは違う。
洗練も、悪意もない。
ただ――人間が、人間を殺すために作ったもの。
(魔王城の地下に、こんなもんが残っていたのか)
魔族は地下を使わない。もっぱら地上か飛行移動だ。
だからこんな兵器が眠っていたことは知らなかっただろうな。
俺はゴーレムの背に手を置き、魔力を流す。
すると、頭の奥に――
情報が、流れ込んできた。
「……記録、か」
これは、ゴーレム自身が持つ旧城の構造データ。
地下通路。
封鎖された回廊。
かつての王族専用の通路。
そして――
「やっぱりな」
魔王城は、完全な新築じゃない。
人間の城を土台に、魔族が改造したものだ。
地上部分は、かなり手が加えられているだろう。
魔力炉、結界、飛行魔族向けの構造など。
だが――地下は違う。
(ほとんど、当時のままだ)
つまり。
地下を制する者が、城の裏側を制する。
俺はすぐに記憶力強化スキルを発動した。
流れ込んでくる構造を、片っ端から脳に焼き付ける。
階段の位置。
壁の厚み。
崩れやすい箇所。
息を止めるほど集中し、すべてを暗記する。
「……よし」
ゆっくりと息を吐く。
これで、地図はいらない。
俺はゴーレムを見上げた。
「次の命令だ」
ゴーレムは微動だにしない。
「地下の案内を続けろ。地上の城へ繋がるルートを優先」
『了解』
ゴーレムは立ち上がり、重い足音を響かせながら歩き出した。
通路を進むにつれ、石材の質が変わっていく。
明らかに、人間の城の名残だ。
(……ここ、昔は王城の地下倉庫か)
壁に残る彫刻。
消えかけた紋章。
この国は、確か――
魔族との戦争で、真っ先に滅びた国。
(なるほどな……)
だからこそ、魔王城になった。
象徴としても、実用としても。
やがて、ゴーレムが立ち止まった。
『上層接続点、確認』
壁の一部を指し示す。
注意深く見ると、偽装された扉があった。
俺は頷く。
「ここから、城の内部に出られるな」
だが――今は、まだ出ない。
俺は踵を返し、来た道を戻り始めた。
ゴーレムも、それに従う。
(正面が厳重なのは分かってる)
問題は、中だ。
俺は地獄耳を発動した。
石と石の向こう。
城の正面付近に集まる、魔族たちの会話。
『前線の報告、来たぞ』
『ガルドって騎士が、また魔族を斬ったらしい』
『あの近くにいる魔法使いも厄介だ。聖女がいるから半端な攻撃じゃ治されちまう』
(……よし)
正面は堅い。
だが、中は手薄。
俺は、ゆっくりと口角を上げた。
「――なら、使わせてもらおうか」
ゴーレムに向き直る。
「次の命令だ」
青い目が、俺を見据える。
「正面入口付近で暴れろ。派手に。できるだけ長くな」
『了解』
ゴーレムは方向を変え、地下通路を進み始めた。
俺は、反対方向へ向かう。
目指すのは――
さっき見つけた、裏の接続点。
ゴーレムが囮になる。
俺は、その隙に――
魔王城の心臓部へ。
「……行くぞ」
独り言を残し、俺は闇の中を駆け出した。
魔王城攻略は、ここからが本番だ。




