39 勇者は、過去の遺産を見つける
鎖の音が、地下に低く反響した。
俺は剣を構えたまま、ゆっくりと距離を詰める。
牢の奥。
壁に固定された金属製の支柱。
そこに繋がれていた“それ”は――人の形をしていた。
だが、違う。
(……ゴーレム、か)
全身は鈍い灰色。
石とも金属ともつかない素材で作られている。
顔の造形は粗く、感情を表すものは何もない。
胸部に刻まれた魔法陣だけが、かすかに光っていた。
俺が一歩踏み出した瞬間。
――ギ、ギギ……。
内部で何かが噛み合うような音がして、ゴーレムの頭部がわずかに持ち上がった。
『……人間……確認……』
掠れた、ノイズ混じりの声。
古い。
あまりにも。
(魔族の技術じゃないな……)
千里眼で魔力の流れを見る。
構造は単純だが、無駄がない。
今の魔道具よりも、むしろ“堅実”ですらある。
『……識別、開始……』
ゴーレムの胸の魔法陣が、わずかに明滅する。
『敵性存在……人類……』
俺は小さく舌打ちした。
(やっぱそう来るか)
魔族が作ったものでないとしても、こんなところに置かれているゴーレムが何もしないわけがない。
『命令……確認……』
ゴーレムの首が、不自然な角度で傾いた。
『戦争……終結……未確認……』
そこで、一瞬だけ動きが止まる。
『待機……解除……』
次の瞬間。
――ガンッ!!
鎖が、張り詰める。
ゴーレムが一歩踏み出そうとして、拘束に引き戻された。
牢全体が揺れ、天井から砂埃が落ちる。
(……まだ壊れてないのかよ)
何百年、下手すれば千年以上。
放置されてなお、動く兵器。
鎖で封じられている理由が、少し分かった。
『戦争継続……』
ゴーレムの声が、少しだけ大きくなる。
『人類間戦争……』
俺は、思わず眉をひそめた。
(……人類“間”?)
魔族との戦争じゃない。
もっと昔――人間同士が殺し合っていた時代。
『敵性人類……排除対象……』
ゴーレムの腕部が軋む音を立てる。
拳が握られ、魔力が集中していくのが分かる。
(やる気満々だな……)
俺は剣を構え直した。
こいつは魔族じゃない。
今の戦争とも、直接は関係ない。
だが。
(放っておける存在でもない)
もしこのゴーレムが、完全に拘束を破って動き出したら。
いいやつとか悪いやつとか関係なしに、無差別に人間を襲うだろう。
俺は一歩、前に出た。
「悪いな。戦争はもう終わってる」
当然、返事はない。
「そして今やってる戦争にも、俺はあんまり乗り気じゃない」
ゴーレムの魔法陣が、赤く明滅した。
『……命令……不明……』
「だろうな」
俺は、静かに息を吐く。
(魔王城の地下で、こんな【過去】に出会うとは思わなかった)
勇者でも、魔族でもない。
ただの【人間の業】が作った兵器。
俺は剣を握り直し、覚悟を決めた。
「なら、ここで止めるしかない」
その言葉を合図にするように。
――鎖が、一本、弾け飛んだ。
ゴーレムの目に、鈍い光が宿る。
『戦闘……開始……』
地下に、重い足音が響いた。




