37 勇者は、魔王城を目にする
目を覚ましたとき、空はすでに白み始めていた。
「……朝、か」
短いが睡眠は取った。しかし身体は鉛のように重い。
筋肉痛、打撲、内臓の違和感。
エルシアとの戦いが、どれだけ無茶だったかを嫌というほど思い知らされる。
(さすが四天王、か……)
俺はゆっくりと上体を起こし、周囲を確認する。
昨夜、瓦礫から離れた場所に移動してから、結界と簡易的な気配遮断を張って休んだ。
魔力感知を広げても、敵影はない。
今のうちに、できることをやる。
俺は地面に腰を下ろし、呼吸を整えた。
魔力を体内に巡らせ、傷を一つずつ確認する。
(骨は……折れてない。肋が少しヤバいが、時間をかければ回復するな)
治癒魔法。
聖女ほど効率はよくないが、最低限の自己修復なら問題ない。
淡い光が、掌から身体へと染み込んでいく。
痛みが、少しずつ鈍っていく感覚。
「……助かる」
覚醒してから、魔力量も回復力も上がっている。
それでも、限界はある。
(全快には、まだ遠いな)
無理はできない。
だが、立ち止まり続けるわけにもいかない。
俺は立ち上がり、魔族領の奥――目的地の方向へ視線を向ける。
「……見えた」
千里眼を発動する。
さらに鷹の目で倍率を上げる。
視界の先。
黒い大地の中央に、異様な存在感を放つ城がそびえ立っていた。
魔王城。
高い城壁。
空を覆うような瘴気。
そして、正面門の周囲には――はっきりと分かるほどの警戒態勢。
(見張り、多いな)
魔族。
使役魔物。
巡回部隊。
正面突破は論外だ。
(……まあ、最初から考えてないけど)
俺は視線を少しずらし、城の周囲を観察する。
地形、地脈、魔力の流れ。
裏手は断崖。
普通なら侵入不可能だが、土魔法で地形を少し変えれば行けなくはなさそう。
地下――
城の真下、わずかに不自然な魔力の淀み。
(……地下ルート、か)
結界が張られているが、正面ほど強固じゃない。
おそらく、想定されていない侵入経路だ。
俺は小さく息を吐いた。
「正面は勇者用だな」
複数人で攻める想定。
英雄譚の舞台。
でも――俺は違う。
(俺は、正当な勇者じゃない)
生き残るため。
逃げるため。
そして、終わらせるため。
派手に名乗りを上げる必要はない。
俺は剣を握り直し、魔王城を一瞥する。
「……行こう」
裏か、地下か。
選ぶのは、もう少し確認してからでいい。
俺は静かに歩き出した。
魔王城へ向かって。




