35 勇者は、決着をつける
――誘う。
俺は隙を見せ、わざと呼吸を荒くした。
剣を支えに、体重を預けるように一歩よろめく。
「……っ、くそ……」
弱音めいた声を漏らし、視線を伏せる。
当然、演技だ。
だが融合したエルシア――いや、その生物には、十分すぎるほどだった。
「……逃げない……? 壊せる……?」
支離滅裂な声とともに、蛇の巨体がぬらりと動く。
警戒や撃破よりも捕食、本能が前に出ている。
(来る……!)
内心で息を整える。
蛇は一直線では来ない。
地面を這い、岩を巻き、視界の外から回り込むように迫る。
その癖は、さっきの戦闘で掴んでいた。
――右。
俺は半拍遅れて踏み込む。
遅れたように見えた動きだが、剣聖補正などのスキルがのったその剣閃は超速度で相手を切り裂き、鱗が弾け飛んだ。
「――っ!?」
驚いたような声。
即座に距離を取ろうとするが、もう遅い。
二撃、三撃。
深追いはしない。
確実に、急所になり得る部位だけを斬る。
エルシアは怒りとも悲鳴ともつかない声を上げ、無差別に魔法を放つが、照準は甘い。
地面を抉り、木を吹き飛ばすだけで、俺には当たらない。
(焦ってる……)
さらに一歩踏み込む。
「これで……終わりだ!」
剣聖補正、覚醒、英雄、それら全てが加わった力を剣に乗せ、渾身の一撃を叩き込んだ。
鈍い衝撃音。
肉と鱗を断ち割る感触が、はっきりと伝わる。
巨体が地面に叩きつけられ、土煙が舞った。
――沈黙。
魔力の奔流が、すっと弱まる。
剣を下ろし、荒く息を吐いた。
「……終わった、か」
魔力はギリギリ、傷も少なくはない。
だが勝った。
少なくとも、そう思えた。
だが。
次の瞬間。
「……まだ……」
か細い声。
倒れていたはずのエルシアの身体が、びくりと跳ねた。
「……壊さなきゃ……全部……」
魔力が、暴走する。
「――っ!?」
詠唱も構成もない、でたらめな魔法の噴出。
制御を失った魔法が、周囲へと無差別に解き放たれる。
轟音。
岩壁が崩れ、地面が割れ、巨大な瓦礫の波が押し寄せる。
「くそっ!」
暴れ出したそいつから即座に背を向け、全力で走り距離を取る。
背後で、何かが砕け、潰れ、押し流されていく音がする。
振り返る余裕はない。ただ、この破壊の波から逃げて生き延びることだけを考えた。
やがて。
破壊は、唐突に止まった。
恐る恐る振り返る。
そこには、クレーターのように抉れた地形と、崩れ落ちた岩の山があるだけだった。
「……気配が、ない?」
魔力感知を広げても、何も反応しない。
エルシアのものも、蛇のものも――完全に消えている。
逃げたのか。
潰れたのか。
あるいは、別の何かになったのか。
分からない。
だが、渾身の一撃を叩き込み、最後は暴走したあの姿を見れば、少なくとも無事ではないだろうことがわかる。
俺は剣を鞘に収め、瓦礫の山をしばらく見つめてから、静かに背を向けた。
(四天王……魔法使い、エルシア)
生死不明。
だが、確実に言えることが一つだけある。
(……油断できる相手じゃなかった)
並の魔族はもはや相手にならないが、やはり四天王は格が違った。
その四天王の一人との戦いは終わった。
だが、覚醒や英雄スキルを手に入れても、それでもこの先は苦戦の連続だろう。
そんな予感だけを胸に、俺は再び歩き出した。




