30 勇者は、会議の話題になる
魔王城、最深部。
黒曜石のような床に、淡い魔力の光が幾何学模様を描いている。
そこに集うのは、魔王軍四天王。
「……で? お前らの評価として、“勇者”はそんなに厄介なのか」
腕を組んで椅子にもたれかかるのは、武の四天王ヴァルゼイン。
その声には、苛立ちとわずかな不満が混じっていた。
「俺はそこまでとは思わん。やりあったが互角だったぞ。いや、正確に言えば……こちらが本気を出して、ようやく並んだ、だな」
その言葉に、対面に座るラザルが静かに目を細める。
「互角、か。でもねヴァルゼイン、君――彼が“勇者の技”を使っていたかどうか、覚えている?」
「……?」
ヴァルゼインは眉をひそめ、少し考え込む。
「剣は鋭かった。動きも速い。だが……ああ、確かに、独特な加護や増幅は感じなかったな」
「やっぱり」
ラザルは指先で空をなぞる。
そこに淡く浮かび上がるのは、魔物を通じて集めた情報の断片。
「彼、一度も勇者固有のスキルを使っていない。君との戦闘でも、他の魔族との戦いでもね」
「……何?」
ヴァルゼインの表情が、わずかに険しくなる。
その様子を見て、鼻で笑ったのがエルシアだった。
「ちょっと。あんた、そんな重要なことも覚えてないわけ?」
「うるさい。戦いの最中に、そんな細かいことまで見ていられるか」
「はいはい。脳筋の言い訳ね」
エルシアは肩をすくめ、椅子に深く腰掛ける。
長い銀髪が揺れ、その背後の魔力が一瞬だけ波打った。
「つまりその勇者、本気を隠したまま、四天王とやり合った可能性があるってことでしょ?」
「可能性、じゃない。ほぼ確実だ」
ラザルは淡々と続ける。
「もし勇者スキルを解放していたなら、単純な戦闘力だけで見ても、我々四天王を上回っている可能性がある」
「……冗談じゃないな」
ヴァルゼインが低く唸る。
「だがな。出し惜しみしている感じもしなかったぞ。あの時点では、俺と互角。影の者や魔王様を脅かすほどの存在とは、正直思えん」
「“あの時点では”、ね」
エルシアが口角を上げる。
「成長途中の勇者なんて、放っておく理由がないじゃない」
ラザルは一拍置いてから、静かに言った。
「君が出るつもりかい、エルシア」
「ええ」
即答だった。
「さっさと潰せば、不安材料も消えるでしょ?面倒なのは嫌いなの」
「……また随分と単純な」
「何よ。あんたも脳筋でしょ」
「……力で語るのが悪いとは思わんがな」
ヴァルゼインが肩をすくめる。
「少なくとも、机上の空論よりは信用できる」
ラザルは苦笑し、ため息をつく。
「でも――彼は油断ならない。君一人で大丈夫か?」
その問いに、エルシアは立ち上がり、背後の闇へと手を伸ばした。
次の瞬間。
床の影が、ぐにゃりと歪む。
ずるり、と這い出てきたのは――
無数の赤い魔眼を持つ、巨大な蛇の魔獣だった。
全身を覆う鱗の隙間、頭部、胴体。
いたるところに“眼”があり、それらすべてが、同時にこちらを見つめる。
「……千眼の魔獣か」
ヴァルゼインが低く呟く。
「私の最高傑作よ」
エルシアは、楽しそうに言った。
「魔眼による干渉、魔力阻害、幻覚、行動遅延。耐性があっても、全部は防げない」
蛇の魔眼が、ゆっくりと瞬いた。
「勇者がどれだけ強かろうと――“見られた”時点で、勝敗は決しているわ」
「……あの勇者相手に、それをぶつけるつもりか」
「ええ。楽しいじゃない」
エルシアは振り返り、軽く手を振る。
「行ってくるわ。この子がやられたら、その時はちゃんと勇者を評価してあげる」
蛇の巨体が影に溶け、気配が消える。
残されたラザルは、ぽつりと呟いた。
「……あの子も、結構脳筋な考えだよね」
ヴァルゼインは腕を組み、低く笑った。
「違いない。だが――さて、どうなるか」
四天王の視線は、同じ方向を向いていた。
魔族領を進む、たった一人の勇者へと。




