29 勇者は、情報を得る
魔族領を進む中で、俺は奇妙な街に辿り着いた。
城壁は崩れ、建物も半壊している。だが――不思議なことに、戦場特有の凄惨さがない。
焼け跡は少なく、魔物の死骸も見当たらない。
「……静かすぎるな」
まるで、人が“消えた”だけの街だ。
念のため魔力感知を広げる。
強い反応はない。使役魔物の気配も、魔族の残滓も感じられなかった。
街の中心には、大きな建物がそびえている。
外壁は崩れているが、内部は意外と原形を留めていた。
「旧王都、ってところか……」
俺は警戒しながら大きな建物、王宮の中へ入る。
広間、謁見の間、回廊。
どこも荒らされた形跡はあるが、徹底的に破壊された様子ではない。
そこで、ふと思い立ち、スキルを発動した。
「――千里眼」
一気に視界が拡張され、王宮全体の構造が頭の中に流れ込んでくる。
壁の向こう、床の下、天井裏まで。
……その中で、ひとつだけ違和感があった。
「玉座の下……?」
謁見の間の奥。
王が座るはずの玉座の真下に、不自然な空間がある。
俺は玉座に近づき、床を確かめた。
軽く力を入れると、わずかに軋む感触がある。
「隠し蓋、か」
仕掛けを探り、慎重に開く。
現れたのは、小さな空間だった。
中には、埃を被った木箱がひとつ。
蓋を開けると、中には書類の束が収められていた。
「……調査記録?」
表紙には、掠れた文字でそう書かれている。
俺は一枚ずつ、目を通していった。
内容は、この国が独自に進めていた魔王軍の調査資料だった。
特に目を引いたのは、四天王に関する記述。
「……ヴァルゼイン」
その名を見た瞬間、自然と息が詰まる。
武の四天王。俺が実際に剣を交えた相手だ。
「単独撃破は非推奨、か……」
苦笑が漏れる。
確かに、あれを撃破するのは普通の人には厳しいだろう。
ページをめくる。
「……情報の四天王?ラザル……?」
知らない名前だ。
使役魔物と感覚を共有し、広範囲の情報を集める能力。と推測されている。
「……厄介そうだな」
戦闘が得意でない、とは書いてあるが――
四天王が弱いとも思えないし、あまりアテにしないほうがいいかもしれない。
さらに先へ。
「……魔法の四天王、エルシア……?」
これも初耳だ。
広域殲滅級の魔法を扱う存在、とある。
その威力は、街を飲み込むとも言われいるらしい。
「街ごと、か……」
俺は無意識に、ここに至るまでの廃墟を思い返す。
もしこの街が、彼女の手によるものだったとしたら。
そして、最後のページ。
そこに書かれていたのは、簡素な記述だった。
――四天王最強。
通称、『影の者』。
能力詳細、不明。
生存者、なし。
最後に、こう締めくくられていた。
『この存在を敵として認識した時点で敗北と考えよ』
「……なるほど」
思わず、息を吐く。
ちゃんと調べていた。
ちゃんと警戒していた。
それでも、この国は滅びた。
「……王都じゃ、ここまでの話は聞けなかったな」
いや、聞かせなかったのかもしれない。
勇者を不安にさせないために。
書類を元に戻し、箱を閉じる。
「……俺は」
ここまで来て、ようやく腹が決まった気がした。
「調べて、警戒して、それでも進むしかない、か」
魔王城は、もう遠くない。
影の者。
ラザル。
エルシア。
「……覚えておこう」
俺は王宮を後にし、再び魔族領の奥へと足を向けた。




