22 勇者の、知らぬところで魔族会議
魔王城――。
黒い石で組まれた円形の会議室に、重苦しい沈黙が落ちていた。
中央には巨大な魔法陣。その上に、赤黒い光の残滓が揺らめいている。
「……消滅、確認」
一人の魔族が低く呟いた。
先ほどまで、ここには“情報”があった。
北方の前線で活動していた魔族が、散り際に放った情報魔術。肉体は滅びても、知識と記録だけは魔王城へ届ける――それが、魔王軍の基本戦術だ。
「で、内容は?」
長身の魔族が腕を組んで問う。
魔法陣を解析していた魔族が、淡々と答えた。
「勇者と交戦。対象は単独行動。街の防衛戦力とは離れ、魔族個体を直接討伐」
ざわり、と空気が揺れる。
「単独……だと?」
「護衛も、仲間もいない?」
別の魔族が、鼻で笑った。
「愚かだな。勇者とはいえ、一人で魔族に戦いを挑むなど――」
「待て」
低く、だがよく通る声が、その言葉を遮った。
発言したのは、会議室の奥、影のような位置に座る存在。
「その勇者……どの程度の力だ?」
解析担当が一瞬、言葉を選ぶ。
「剣技、身体能力ともに異常値。剣聖系統の補正を確認。精神干渉、状態異常も無効化」
「ほう……」
影の魔族が、僅かに口元を歪めた。
「情報魔術には、こうも記されている。『こちらの奇襲を察知。戦術を即座に変更。対応速度、極めて高し』」
先ほどまで嘲笑していた魔族が、黙り込む。
「さらに――」
解析担当が続ける。
「勇者は、自ら魔族領へ進軍中。目的は不明。ただし、迂回や潜伏を一切せず、一直線に侵入しています」
「……?」
会議室に、困惑が広がった。
「待て。魔王城へ向かうなら、王都軍や勇者パーティと合流するのが定石だろう?」
「勇者は囮か?別働隊がいるのでは?」
だが、影の魔族は首を横に振る。
「いや……単独だ。間違いない」
しばしの沈黙。
やがて、別の魔族が口を開いた。
「勇者が単独行動……つまり、慢心しているか、何も考えていないか」
「――あるいは」
影の魔族が言葉を継ぐ。
「我々の想定をはるかに超える力を持っているか、だ」
その一言で、空気が一段重くなる。
「勇者は、仲間を集めない」
「街を拠点にもせず、功績も誇示しない」
「そして、魔族を見つけ次第、即座に排除する」
影の魔族は、ゆっくりと立ち上がった。
「――つまり、“英雄”として振る舞っていない」
その一言にみなが沈黙する。
「我々を、倒すことだけを考えて動いている。」
次第にざわめきだし、そしてそれは明確な不安へと変わる。
「魔王様に、報告を」
「四天王候補を前に出すべきでは?」
「いや、まずは探れ。勇者の真意を――」
議論が続く中、会議室の一角で、これまで沈黙を守っていた魔族が、ゆっくりと立ち上がった。
角を持ち、背丈は人族より一回り大きい。
纏う魔力は、他の魔族とは明らかに質が違っていた。
「……騒ぎすぎだ」
低く、だがよく通る声。
一瞬で、会議室が静まり返る。
「勇者が単独? 対応が早い? 剣聖補正?」
魔族は肩をすくめる。
「だから何だ。所詮は人族だろう」
「だが――」
誰かが反論しかける。
しかし、その視線に射抜かれ、言葉を失った。
「情報を聞いた限りでは、確かに面白い存在だ。こちらが過剰に動けば、勇者はそれを察するだろうな、」
魔族は一歩前に出る。
「ならば、俺が行こう」
ざわり、と空気が揺れた。
「お、お待ちください!」
「四天王自ら前線に出るなど――」
「問題ない」
即答だった。
「使役魔物では測れん。下位の魔族では、経験値にされるだけだ。なら、最初から“格”をぶつける」
影の魔族が、興味深そうに目を細める。
「ほう……お前が出るか」
「ああ」
四天王は、不敵に笑った。
「勇者が勇者らしくないなら――こちらは、魔王軍らしく圧倒的な力でねじ伏せる。」
その笑みには、戦いを楽しむ獣の色があった。
「単独で魔族領に入ったことを、後悔させてやる。配下も、策もいらん。真正面から叩く」
一瞬の沈黙。
やがて、影の魔族がゆっくりとうなずいた。
「よかろう。ただし、油断はするな。勇者は……想定外の動きをする」
「承知している」
四天王は踵を返し、会議室を後にする。
「だからこそ――楽しめる」
その背が闇に消えた瞬間、誰かが小さく呟いた。
「……まさか単独で来るとは」
影の魔族はぽつりとつぶやいた。。
「勇者が一人で来る理由。そして、勇者が“勇者らしくない理由”」
低く、重い声。
「それを暴け。この戦いは、思った以上に――面倒になりそうだ」
魔王城の奥で、ついに四天王が動き出した。
それを、ただ一人で進む勇者は、まだ知らない。




