妻・雪奈との思い出
※ 2025/12/17 修正済
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その後、みっちゃんはデザイン能力を活かしてフリーのイラストレーターになったが、それだけでは食べていけず、ケンちゃんのコンビニを手伝っている。
俺はみっちゃんを高校生の頃から知っていたから既に数年が経つ。
猛者とはいえ、見た目はいつもにこにこと可愛くて笑顔が素敵な女の子だ。
明るくはつらつとしているし、常にてきぱしていて頭の回転もよく、機転も聞く。このコンビニが儲かっているのも、みっちゃんの接客対応が良いせいだろう。
一見、無愛想な店長のケンちゃんとは似ても似つかん。
本当に血のつながった兄妹か?
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そういえば、みっちゃんは亡き妻とも仲良しだったな。
たまに家族でコンビニに寄ったこともあった。
このイートンコーナーで3人でお茶もしたよ。
雪奈はミルクティー、俺はブラック珈琲。
赤ん坊のシュートは林檎ゼリーとミルク。
みっちゃんはこの時からシュートを抱っこしてくれた。
その頃のみっちゃんはセーラー服姿で、髪も黒くオカッパだった。
まあ、オレにとってもみっちゃんは、可愛い妹みたいなもんだ。
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みっちゃんの容姿は、日に焼けた小麦色の肌で、二重瞼がくりっとした“リス”みたいな愛くるしい顔だ。
中にはみっちゃんが目当てでコンビニに来る下衆な客もいると、ケンちゃんが怖い顔をして言った。
だが一点だけ俺はみっちゃんに不満があった。
性格ではない、その外見だ──。
みっちゃんの地毛は黒だが、今の髪色は茶髪だった
正直、茶髪でカールをした女は、軽そうに見えて俺の好みではない。
この偏見は高校生の頃、付き合った2歳年上の先輩にあった。
彼女はいわゆる不良系のグループに属していた。
茶髪でクリクリッとカールをした美人だった。
なぜか一年坊主の俺が気に入ったのか、向こうから告白された。
当時の俺は初めて女子と付き合ったので、先輩に夢中だった。ちなみに俺の童貞喪失もその時だ。
でも彼女は何人も大学生と付き合っていて、俺とはただの遊びだった。
俺の初恋は無惨にも散った──。
それ以来、俺は茶髪の女子は敢えて避けるようになった。
もちろん本人の好みは尊重するので、一言もみっちゃんには伝えてはいない。
だがやっぱり俺は、黒い長髪ストレートの女が好みだ。
雪奈も綺麗な黒髪だった。
和風的な涼やかな顔、俺は初対面から雪奈の素朴な清楚さに魅かれた。
※
雪奈とは大学の映画サークルで知り合った。
学部は違ったが同学年で、サークルのコンパがあり席が隣りだった。お互いどんな映画が好きかと聞いていく内に、映画の好みが良く似ていた。
最初はサークル仲間たち数人と劇場へ行ったが、いつの間にか2人だけで行くようになった。
気付いたら俺たちは1年の夏休みには付き合い始めていた。
あと、実はデキ婚だ。
※
あれは大学4年の初夏──。
『ユウ君、私、赤ちゃんができたんだけど……』って不安げに雪奈が打ち明けた。
『え、マジ?』
俺の第一声はこれ!
あちゃ~正直、雪奈はこの言葉を聞いて、内心ショックだったろうな。
ごめん、この時の俺は余裕なかったから──。
当時、就職活動まっただ中だった俺は、内定が一つも取れず自分の将来は不安だらけだった。
だがその後、運よく現在勤めている会社の内定通知が来た。
俺が入りたかった企業だった。
──やった、内定取ったぞ!
内定通知を手にした俺は跳びあがるほど喜んだ。
その勢いで雪奈の不安を解消しようと決心して、いつもデートする大学付近の公園に雪奈を呼びだした。
『雪奈、せっかく俺たちを結ぶ小さな命が授かったんだ、今すぐ婚約して卒業したら結婚しよう!』
と俺は有無を言わせぬくらい強引にプロポーズをした。
雪奈は、顔中くしゃくしゃになって、子供みたいに泣き出した。
『うんうん、うんうん!』と何度も嬉しそうに頷きながら承知してくれた。
✩
実は結婚後、雪奈が俺に教えてくれたんだが──。
『あの時私ね、ユウ君に呼び出されて覚悟を決めて行ったの。もし『まだお互い学生だから、赤ちゃんを降ろそう』といわれたら直ぐにユウ君と別れようって!』
『え、そんな⋯⋯!』
『待って、最後まで聞いて!』
珍しく雪奈は俺の言葉を遮った。
『そして私ね、ユウ君と別れて大学も休学して独りで赤ちゃんを産もうって決めてたの』
『はあ?──バカいうな、俺の女にシングルマザーなんかさせるかよ!』
とあの時、俺は雪奈に初めて怒鳴ったっけ。
その後、雪奈はこう言った。
『ゴメン、ユウ君のこと信用してなかった訳じゃない、でも、どうしてもお腹の赤ちゃんを産みたかった』って。
──ぐすん、雪奈。
俺たち⋯⋯あの時、結婚できて良かったな。
3年足らずでお前は呆気なく逝っちまったけど、元気なシュートを生んでくれてありがとな。
『チーン!』
俺はみっちゃんのレジの接客対応をぼんやり眺めながら、ティッシュポケットで鼻を強くかんだ。
それでも、まだ鼻をぐずぐず啜り、当時の妻を思い出してウルッときた。
✩ ✩
こうしてみっちゃんを見てると、雪奈、お前は対照的な女だったなぁ。
女子高から親の勧めで大学に入ったものの、お洒落や買い物が大好きで、ごくごく平凡な娘。
とりたてて将来の夢もないっていってた。
当時化粧品メーカーに内定していたが、シュートがお腹にできると知るやあっさりと断った。
『せっかく内定取ったのに悪かったな……』
俺が詫びると、雪奈はぷるぷると首を振った。
『ううん、全然平気。だって私の夢は好きな人の専業主婦になりたかったんだもん』だと。
俺は苦笑した。
いまどき、そんな時代錯誤な女子大生いるかって。
『あ?』
想い出した!
雪奈は時々食卓で手作りケーキ作ってくれたよ!
そうだ、何度か俺や両親の誕生日にケーキを作ってくれたよ。
あれ手作りだったんだよ!
何度かお祝い時に食べた、甘党でない俺に合わせて雪奈は砂糖少なめで、さっぱりした甘さのケーキで美味しかった。
雪奈の作るケーキは、雪みたいに真っ白なクリームが表面たっぷりと塗ってあって、苺やオレンジ、洋ナシと小さなロウソクが周りに飾ってあった。
真ん中にはチョコクリームで
『Happy Birthday love YUZO!』とデコレートしてあった。
アホだな俺、今頃妻の手作りケーキを想い出すなんて!
──そっか、シュートは雪奈の手作りケーキ、一度も食べた記憶ないんだな。
俺は亡き妻との思い出に浸りながら、またしても鼻がツーンと痛くなってきた。
ああ、俺も雪奈のケーキが、無性に食べたくなってきたよ。
※ ちょっとほろ苦い回になりました。




