71話 ライバル誕生
「私は諦めないよ?」
……今、なんて?
「結城君の事情は理解したよ。でも、それ、結城君の事情で、私がこの恋を諦める理由にはならないよね」
「えっと……」
そう言われてみると……そうなのか?
「結城君に恋人がいるなら諦めたけど……でも、そうじゃない。他に好きな人がいるわけでもない。なら、私にもまだ可能性はあるよね!」
「そう……ですね」
「スタートはちょっと出遅れちゃっているけど……でも、大丈夫。絶対に結城君に振り向いてもらうから!」
「意気込みが……すごいですね」
「私も、自分で驚いているよ」
あはは、と小柳先輩が笑う。
「これは、結城君だから話すんだよ?」
顔を近づけてきて、そっと話す。
「実は……」
「実は?」
「私、初恋がまだだったんだ」
「え、そうなんですか?」
「うん。恋とかよくわからないな、っていう感じで、ずっと、みんなのことを不思議に思っていたんだ」
――――――――――
小柳瑠璃は幼い。
見た目は中学生……あるいは、小学生に見えてしまう。
だから、大抵の人は彼女に対して優しい。
笑顔を見せて。
欲するものを汲み取ってくれて。
大事に丁寧に接してくれる。
だからこそ、瑠璃は、誰かに恋心を抱くことはなかった。
優しく接してくれる。
それだけで恋に落ちるなら、瑠璃は、とっくに両親に恋をしていただろう。
しかし、そうはならない。
彼女の周りにいた人は、瑠璃にとっては両親のようなもので……
また、周りにいた人達も保護者的な気持ちで……
恋心が成立することはない。
絶対に。
最初は、直人もそうだった。
優しい人。
でも、今までと同じ。
周りにいた人達と変わらない。
そう思っていたのだけど……
その時まで瑠璃は、本当の『優しい』を勘違いしていた。
今まで周りにいた人達は、瑠璃が幼いから優しくしていた。
子供に接するのと同じで、その外見に突き動かされていただけ。
でも、直人は違う。
瑠璃の見た目とは関係なく、優しい。
人のことを想うことができて。
同時に、他人の悲しみを自分のことのように感じることができて。
そして……誰かのために全力を出すことができる。
それを優しいと言わず、なんて言おう?
この人は違う。
他の人とぜんぜん違う。
瑠璃は、次第に直人のことを気にするようになって……
気がつけば、いつも直人のことを考えるようになっていた。
そしてある日、ふと気づく。
あぁ……私は、結城直人のことが好きなんだ、と。
――――――――――
「私は、結城君が初恋なんだ。初めて好きになった人なんだ」
「だから」と間を挟んで、小柳先輩は続ける。
「こんな気持ちになったのは初めてで、どうしていいかわからなくて……最初はすごく混乱したんだ。なんだろう、これ? っていう感じで」
「それは……」
『恋』を知らないと、確かに混乱するだろう。
「でも、気持ちを整理するうちに、これが『恋』なんだ、って気づいて……そこからは、一気に視界が開けたような感じ。こんな気持ちになるんだ、って驚いて。ドキドキして。わくわくして。うん……すごいな、の一言に尽きるよ」
……ちょっと、小柳先輩のことが羨ましくなった。
実のところ、俺も初恋を経験したことがない。
誰かを好きになる、という感覚がわからないのだ。
それは友情なのか?
それとも愛情なのか?
……区別がつかない。
だから、こんな風にキラキラと輝くように語ることができる小柳先輩のことがうらやましくて……
いつの間にか親しみを抱いていたのだろう。
「この気持ちをダメにしたくないから……あと、私って、けっこうわがままだから。結城君のことは諦めないからね?」
「……了解です」
「やめさせようとしないの?」
「今の小柳先輩には、なにを言っても無駄だと思うし……あと、そこまでの決意があるのに、俺が勝手に気持ちを変えさせるのは、やっぱり違うと思うから」
「ありがとう」
そう言って、小柳先輩はにっこりと笑った。
それは太陽のような笑顔で…‥
どことなく、鈴に似ていると思った。




