70話 告白その2
「私、小柳瑠璃は……あなたのことが好きです」
その告白は、とても綺麗な声で……
まるで詩のように、俺の心に響いた。
「それ、は……」
「……あ、まって。ダメ。今、私の顔を見ないで」
小柳先輩は、くるっと反転してしまう。
冗談?
いや、そんなわけない。
あの雰囲気で嘘告だとしたら、とんでもない役者だ。
そもそも、小柳先輩は、そんなことをする人じゃない。
……小柳先輩の耳が赤い。
もしかして、単純に照れている?
「恥ずかしいんですか?」
「うー……それは、そうだよぉ。だってだって、告白なんて初めてするんだもん」
「そう……だったんですね」
意外といえば意外だ。
背は低くて童顔で。
小学生みたいではあるものの……
小柳先輩はとても可愛い。
なにより、とても優しい。
彼女に惹かれる人は多いと思う。
「告白とか、されたことないんですか?」
「ある、けど……全部、断ってきたから」
それは納得の話だった。
小柳先輩は真面目だから、恋に対しても真剣に向き合うと思う。
だから、なかなか恋愛に発展する機会を得られていないのでは? というのが俺の予測だ。
でも……
そんな小柳先輩が、なぜ、俺に……?
「その……すみません、質問ばかりで。どうして、俺に?」
「色々とあるけど……優しいから、かな」
「俺、優しいですかね……?」
「優しいよ」
小柳先輩が再びこちらを見て、にっこりと笑う。
「優しい、っていうのは、なにも形はない。そこに至るまで、築き上げるものもない。そう言った瞬間、『優しさ』っていうものを獲得できるんだ。だから、誰でも『優しさ』を手に入れることができる。そう自称することができる」
「だから、本当に『優しい』人は少ない……っていうのが私の考え。自称することは簡単だけど、他の人からそう認識されることは、とても難しいんじゃないかな?」
「でも……結城君は、『優しい』って、そう思うよ。誰かを思いやることができて。困っている人を助けることができて。そして、人を笑顔にすることができる。そんな『優しい』人」
「結城君は、私のことも笑顔にしてくれた。困っている時に助けてくれて、それだけじゃなくて、一緒にいると楽しくて。結城君の優しい想いが伝わってくるような気がして……気がついたら意識するようになっていたんだ」
「最後のきっかけは、きちんと私のことを先輩扱いしれくれたこと」
「そんなこと? って思うかもしれないけど、私にとっては、すごく大事なことなんだ。ほら、こんな見た目だから、私、中学生とかに間違えられることが多くて……それが嫌で、大人ぶるようになっていたの。でも、そうすればそうするほど、周りのみんなは微笑ましそうにして……」
「悪気がないのはわかっているよ? でも、ちょっと辛かったんだ……」
「だけど、結城君は違った。私のことを知った後、きちんと接してくれた。先輩として扱ってくれた。私のことを……本当の私のことを見てくれた。見るようにしてくれた」
「それは、本当に、本当に嬉しくて……だから、結城君のことを好きになったんだ。もう結城君のことしか考えられない。いつもいつもあなたのことを考えて、視線で追いかけて、夢に出てくるほどで……私の心は、結城君に占拠されちゃった」
「……好きだよ、結城君。よければ、私と付き合ってくれませんか?」
小柳先輩は頬を染めて、そっと手を差し出してきた。
とてもまっすぐで。
そして、温かくて。
優しい告白だ。
心を動かされなかったというと嘘になる。
気にならないというのも嘘になる。
でも俺は……
「……すみません」
小柳先輩の手を取ることはできない。
「……私のこと、嫌い?」
「そんなことありません! 小柳先輩は、とても尊敬できる先輩です!」
「……ごめんね。今の聞き方、意地悪だったよね」
ぺこりと頭を下げられた。
「やっぱり、もう付き合っている子が? 前に見かけた子?」
「あ、いえ。彼女はいません」
「あれ? そうだったの?」
「ただ……告白はされました」
鈴のことを全部話すわけにはいかないけど……
ある程度のことは話すことにした。
それが、小柳先輩に対する礼儀だろう。
「色々とあって、返事は保留になっていて……だから、今は、誰とも付き合うことができません」
「そっか……そういうことだったんだね。やっぱり、結城君は優しいね」
「こんなに優柔不断なのに?」
「私の告白を断るのは、その子のためでしょう? 裏切ったらいけないって、そうやって、真摯に向き合っているからでしょう? やっぱり、優しいよ」
「……すみません」
心が痛い。
小柳先輩の告白を断ることに対して、強い罪悪感が湧き上がる。
それでも。
ここで告白を受け入れるわけにはいかない。
そんなことをしたら、鈴をどれだけ傷つけてしまうか。
それに、小柳先輩も、そんな俺を望んでいるわけじゃないだろう。
「気持ちはすごく嬉しいです。でも、俺は……」
「うん、了解。結城君の想いは理解したよ」
意外というか、小柳先輩の態度はあっさりとしたものだった。
もっと問い詰められるとか。
落ち込むとか。
そういうことを心配していたのだけど……杞憂?
「でも」
小柳先輩は、再びにっこりと笑う。
「私は諦めないよ?」




