６６話　よくがんばりました

「……よくがんばったな」

「直人さん……？」

　そっと、鈴を抱き寄せた。

　そのまま、ぽんぽんと頭を撫でる。

「えっと、あの……」

　鈴が照れているが、そんなことはおかまいなしだ。

　今は気にしない。

　優しく抱きしめて。

　それから、いい子によくやるように頭を撫でる。

　ぽんぽんと、優しく撫でる。

「偉いよ、鈴は。本当にがんばったと思う、よくやった」

「それは……でも……」

「そんなに卑下することないさ。うまくいっているじゃないか」

「ぜんぜんうまくいってません！　だって、昨日は逃げ出して……友達も、いつもにこにこして話を聞いているだけど……それに、パパとママとも、なにも……」

「でも、こうして俺に話をしてくれた」

「……っ……」

　鈴の体が小さく震えた。

　今、彼女がどんな顔をしているのか、それはわからない。

　でも、俺の言葉が少しは届いていると信じて、想いを紡ぐ。

「俺が相手だったとしても、それなりに……いや。かなり緊張したんじゃないか？　それでも、逃げたりごまかしたりしないで、しっかりと話した。そんなこと、なかなかできることじゃないよ。尊敬する」

「……直人さん……」

「本当に偉いと思う。自分の弱いところをさらけ出すのって、大人でもできる人は少ないんじゃないか？　俺は無理だ。だから、鈴のことを尊敬するよ」

「……直人、さぁん……」

「がんばった、本当にがんばったよ。だから、もう、自分のことは卑下しないでほしい。俺は、鈴のことを大事に思っているから。大事な友達がそんな風にしているのは、見ていると辛いし……なによりも、鈴自身が辛いだろう？」

「……うぅ……ぐすっ、直人さーーーーーんっ！！！」

　我慢できなくなり、鈴も抱きついてきた。

　そのまま涙を流す。

「私、怖かったんです！　友達とか、本当に少ないからぁ、それが壊れちゃったら？　って思うと、震えが止まらなくて、だから、新しく作るのが怖くて、ファンネクを初めても直人さんが声をかけてくれるまでずっと一人で、家でも一人で……うぅ、ぐすっ」

「うん」

「本当は、あの人とも仲良くなりたくて……でも、怖くて。どうしたらいいかわからなくて、逃げちゃって……失礼な態度を取ったから、嫌われちゃったかも、って考えたら、なんかもう、どうしたらいいかわからなくて……逃げて、逃げてばかりで」

「うん」

「でもでも、これ以上は、逃げたくない……って。怖いけど、すごく怖いけど、直人さんと……あの人とも、もっと仲良くなりたい、って……その気持ちも本当のものだと思うから。だから、私、がんばってみて……うぅ、うぅううううう」

「うん」

　赤ちゃんをあやすような感じで、鈴の背中をぽんぽんと優しく叩いた。

　その度に言葉が……感情が溢れ出してくる。

　しばらくは、このままでいいだろう。

　そう思い、俺は、鈴と一緒の時間を過ごしていく。

――――――――――

「えっと……お見苦しいところを見せました」

　しばらくして鈴が泣き止んで、ぺこりと頭を下げた。

「気にすることじゃないって」

「私が気にするんですよぉ……うぅ、あんなに取り乱しちゃうなんて。全部全部、直人さんのせいですよ？　直人さんに裸にされちゃいました」

「まて。なんだその誤解以外招きようがない発言は？」

「だって、裸にされちゃったじゃないですか……心を♪」

「あのな……」

　小悪魔スタイルが戻ってきたようだ。

　元気になったのはなによりだけど……

　これはこれで困るな。

　天使スタイルとかないのだろうか？

　……たぶん、ないんだろうなぁ。

　鈴だし。

「その……直人さん。お願いがあるんですけど」

「小柳先輩のこと？」

「な、なんでわかったんですか！？　はっ！？　もしかして、これが愛のテレパシー！？」

「わけのわからない設定を追加しないでくれ」

　まあ……

　『らしさ』を取り戻して、元気になったのはなによりだ。

「私、仲良くなりたいな、って思っていて……だから、協力してくれませんか？」

「了解」

「……」

「どうしたんだ？　ぽけーっとして」

「いえ、あの……ものすごくあっさり了承してくれるものだから」

「大事な友達が、がんばろうとしているんだ。その手助けができるなら、喜んで手伝うよ」

「……直人さん……」

　鈴は感動した様子で呟いて。

「そこは、大事な『彼女』、じゃないんですか？」

　ニヤリと笑う。

「よーし、そろそろお仕置きが必要かなー」

「あああああ！？　ごめんなさいごめんなさい、ちょっと調子に乗っただけなんですー！？　だから、グリグリはやめてくださいー！」

「まったく……」

　ため息をこぼして……

　でも俺は、自然と笑みをこぼしていた。

「とにかく、この前のことを含めてなんとかして、小柳先輩ときちんと友達になりたい、ってことだよな？」

「はい」

「なら、今夜、がんばってみようか」

「え？」

「大丈夫。あの人、本当に良い人だと思うから、なにも気にしていないと思うよ。それに、友達になるのもわりと簡単だと思う」

　小柳先輩は、見た目と言動は幼いものの、でも、とても優しい人だ。

　鈴の言動もまったく気にしていないと思う。

　そのまま気持ちを伝えれば全部解決するはず。

「う、うまくいくでしょうか……？」

「いくよ。まずは、ファンネク内で仲良くなろうか。それを今夜、がんばろう。大丈夫。俺もちゃんとサポートするから」

「はい、お願いします！」

　そう言って、鈴はとても良い笑顔を見せてくれるのだった。