65話 怖いから踏み込めない
「……でも、怖いんです」
怖い?
いったい、なにが怖いのだろう?
不思議に思いつつ、次の言葉を待つ。
「その……」
迷い。
鈴の表情から、その感情が強く現れているのがわかった。
……今は背中を支えるべきだろう。
そう判断して、俺は口を開く。
「話してくれないか? 俺は、鈴の力になりたいんだ」
「……直人さん……」
「どんな問題なのか、わからない。俺に解決できるかどうか、それもわからない。でも……大事な友達が苦しんでいるのに、それを放置することはできない。見なかったことになんかできない。俺も一緒に悩ませてほしい」
「……ありがとうございます」
消え入りそうな声。
でも、確かに耳に届いた。
鈴は決意した様子で、まっすぐに俺を見る。
「私……友達を作るのが下手なんです」
「そう……なのか?」
意外な告白だった。
明るくて、猫のように可愛らしい。
それに賢い。
そんな鈴なら、友達は作り放題だと思っていた。
「ほら。私、パパとママが共働きじゃないですか?」
「そうだな。夜は、いつも遅いんだよな」
「はい。休みも少なくて、私の方が寝るのが早くて、なかなか顔を合わせることができません。朝は、できるだけ一緒にご飯を食べるようにしていますけど……でも、それも、パパとママの仕事が忙しくなるとなくなります」
「そうなのか……」
いつか聞いた話では、朝は絶対、という風だったと思うが……
それは嘘だったのだろう。
悪い感情からではなくて。
俺に心配をさせたくないと、そんな想いからの嘘なのだろう。
「だから……私、人との距離感を測るのが苦手なんです。どんな話をしたらいい? どれだけ踏み込んでいい? どういうことをしたら怒らせてしまう? ……わからないんです」
「そんなことはないんじゃないか?」
鈴は、いつもぐいぐいと押してきた。
遠慮なく、俺の懐に飛び込んできて……
時に、物理的に距離も近づけてきた。
「あはは……実は、今までのアレ、かなり無茶をしていたんですよ? 嫌われるんじゃないか、失敗するんじゃないかって、いつもドキドキでした。でも……どうしても、直人さんに振り向いてほしかったから。だから、がんばったんです」
「そう……なのか」
ちょっと照れた。
無理をしてまで、俺との距離を縮めようとする。
そんな話を聞かされて、心を動かされないはずがない。
「ただ……それは、直人さんだからできたこと。他の人相手には難しいんです……」
「……そうか。小柳先輩との距離も測りかねている、っていうことか?」
「はい……どうしたらいいかわからなくて、嫌われてしまうんじゃないかって怖くて……だから、昨日は、ついつい逃げてしまいました」
「そうだったのか……」
鈴は自嘲めいた笑みを浮かべる。
「私……パパとママとどう接していいか、今もわからないんですよ?」
「……鈴……」
「いい子にするようにしています。にこにこと笑っています。そうすれば、パパとママは安心してくれるから……でも、私、本当は甘えたくて、もっと一緒に遊んでほしくて、お話をしてほしくて……でもでも、お仕事の邪魔になったらいけないじゃないですか。だから、我慢するしかなくて、それが正解のはずなのに寂しくて、胸が苦しくて、やっぱり寂しくて切なくて……」
この時、ようやく鈴の抱えている問題を理解できた。
家に一人でいることが多くて。
両親とまともなコミュニケーションを取る時間がない。
だから、鈴は人と人の距離感がわからない。
そこに失敗して、今まで築き上げたものが壊れてしまうことを避けている。
……今まで、一人だったから。
だから、手に入れたものを失うことを極端に恐れている。
「失うくらいなら……最初から、大事なものは作らなければいい。いつしか、そんなことを考えるようになっていました……」
真白のことも。
小柳先輩のことも。
そして、小学校の友達のことも。
鈴は、表面上、問題のないように笑顔を浮かべて仲良くやっているけれど……
でも、本当の笑顔は見せていないという。
心に踏み込ませたことはないという。
「でも……そんなに心配しなくてもいいよ。だって、俺に、こうして……いや」
俺は特別だから、こんな話ができる?
それは、なんていう思い上がりなのだろう。
鈴の手は……震えていた。
体も小さく震えていた。
それは、恐怖によるものだ。
こんな話をして、嫌われたらどうしよう?
めんどくさいと思われたらどうしよう?
たぶん、今、そんなことを考えているのだろう。
そんな恐怖に襲われているのだろう。
俺は特別なんかじゃない。
ただ単に、鈴は、今、がんばっているだけなのだ。
どうにかこうにか勇気を振り絞り、前に進もうとしている。
どうする?
どうすればいい?
鈴は、今、勇気を見せてくれている。
でも、ここで対応を誤れば、彼女の心は折れてしまうだろう。
そして、二度と前に進まくなってしまうかもしれない。
今、俺にできることは……
「……よくがんばったな」
「直人さん……?」
そっと、鈴を抱き寄せた。
そのまま、ぽんぽんと頭を撫でる。
◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
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