64話 壊れるのが怖い
「いらっしゃいませー!」
鈴の家を訪ねると、笑顔で迎えられた。
昨日のファンネクでの態度が嘘のようだ。
「ささ、どうぞどうぞ。直人さんが来ると聞いて、部屋の隅々まで綺麗にしておきましたよ!」
「そこまでしなくてもいいんだけど……えっと、お邪魔します」
鈴の家に上がり、部屋に案内された。
……女子小学生の部屋に上がる。
そこに大して抵抗を感じていない。
俺、色々な意味でアウトなのかもしれないな。
「はい、どうぞ」
鈴が後からやってきて、ジュースとクッキーを差し出してくれた。
「ありがとう」
「いえいえ。夫をもてなすのは妻の役目ですから」
「妻じゃないから」
「では愛人で」
「小学生の愛人とか、俺はどんな鬼畜野郎だよ」
「それでもついていく私……健気♪」
「自分で言うものじゃないな」
軽口を叩いて、叩き返して。
そんな中で、笑顔を交わしていく。
いつもと変わらないやりとりだ。
ただ……
鈴は、少し元気がないような気がした。
少し無理をしているような気がした。
「あのさ……」
「昨日のこと、ですよね?」
やっぱりというか、鈴は俺がやってきた目的を理解していたらしい。
「なにかあったのかな、って」
「そう……ですね」
「本当はさ、無理に聞くようなことはしたくないんだ。鈴は、触れてほしくなさそうにしてて……話してくれるまで待つことも考えた。ただ、今回は、それじゃあダメだと思ったから」
大人なら問題を抱えたとしても、自力で解決できるかもしれない。
でも、鈴は子供だ。
賢く聡いけれど、まだ小学生だ。
どのような問題を抱えているのか、それはわからないけど……
放っておけば、そのまま押しつぶされてしまうような気がした。
そして鈴は、それまで誰にも頼ることをしない。
……頼ることを知らない。
まだ小学生なのに、両親の仕事を理解して、一緒にいられないことを仕方ないと受け入れている。
ストーカー事件の時も、大人に頼るのではなくて、警察に相談するのでもなくて、最初に声をかけたのは俺だ。
この子は賢い。
相手のことをきちんと考えられる。
でも、考えすぎてしまう。
迷惑をかけてしまうのでは? とか。
巻き込んでしまうのでは? とか。
そんなことを考えて、抱え込んでしまう。
だからこそ、俺は鈴から話を聞くことにした。
多少、強引になったとしても、その心に抱えているものを話してもらうことにした。
「最近、鈴の様子がおかしい気がしたんだ」
「そう、ですね……」
「それって、小柳先輩関連だよな?」
「……はい」
「でも、嫉妬とかライバル視しているとか、そういうことじゃない。まあ、最初はちょっとしたプチ修羅場になりかけたけど……でも、一緒に遊んでいる時は楽しそうだった。わりとうまくやれていると思っていた」
この前、初めてダンジョンを攻略した時のことを思い出した。
攻略成功の喜びで、小柳先輩が抱きついてきた時は、鈴は猫のように鳴いたものの……
それ以外は、けっこう仲良くやっていたと思う。
でも、
「俺の思い込みならごめんだけど……鈴は、小柳先輩からあえて距離を取っているように見えた」
「……っ……」
鈴の体がぴくっと震えた。
「踏み込まないように、踏み込ませないように。仲良くなりすぎないように、一定の距離を保っているように見えた」
「それは……」
「ファンネクで一緒に冒険するのはOK。でも、のんびり雑談したり、メッセージアプリのIDとかを交換して、さらに一歩を踏み出すのはNG。そんな線引きが見えたんだよな」
「……敵いませんね」
鈴はややうつむきつつ、苦笑した。
なにかを諦めたかのような、そんな苦い笑みだ。
「直人さん、探偵になった方がいいですよ」
「無茶言わないでくれ。俺がわかるのは、せいぜい鈴くらいだ」
「私への愛故に、ですか?」
「茶化すな」
「ごめんなさい」
てへ、と笑い……
でも、その笑顔はすぐに消えてしまう。
少しの沈黙。
でも、今は答えを急かさない。
たぶん、ここまでくれば、鈴なら話してくれる。
そう信じて待つ。
「……あの、ですね」
ややあって、鈴は小さな口を開いた。
「正解です。直人さんの言う通りです。私は……小柳さんに対して線を引いています」
「それは、ライバルと思っているから?」
「いいえ。あ、ライバルなのは確かなんですけど、でも……小柳さんは良い人だから、一緒に遊んでいて楽しいから。だから……できるなら、仲良くなりたいと思っています。冒険だけじゃなくて、雑談もしたいです。のんびり釣りをしつつ、今日あったことを話したいです。あと、メッセージアプリのIDを交換して、寝る前にちょっと夜ふかしをしてお話をしたり……直人さんみたいに、オフ会もしたいです」
「なら……」
「……でも、怖いんです」
ぽつりと、鈴はそう言った。
◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新連載です。
『氷の妖精と呼ばれて恐れられている女騎士が、俺にだけタメ口を使う件について』
https://book1.adouzi.eu.org/n3865ja/
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。




