60話 再びのデート
休日。
あいにくの天気で、ぽつぽつと雨が降っていた。
とはいえ、激しい雨というわけじゃないから、まあ、なんとかなる。
「おまたせしました!」
いつものハンバーガーチェーン店で待っていると、鈴がやってきた。
以前のような大人コーデではない。
小学生らしい格好なのだけど……
ただ気合が入っている様子で、今まで見たことのない、印象に残りやすく可愛い服でまとめていた。
「すみません、ちょっと遅刻しちゃいました」
「大丈夫。10分くらい、特に気にしていないから」
「むー……」
「どうかした?」
「そこは、『俺も今来たところだよ』って言うところじゃないですか。せっかく、直人さんから誘ってくれたデートなんですから、雰囲気を大事にしないと」
「それ、本当に言うヤツっているの?」
「さあ?」
どうでもいい会話で笑顔になる。
やっぱり、鈴と一緒にいると楽しいな。
だからこそ、もっともっと笑顔になってほしい。
昔のことなんて忘れて……
できれば、小柳先輩と仲良くなって、友達が増えて……
笑顔の花を咲かせてあげたい。
そんなこと、俺にできるかどうかわからないけど……
でも、やる前から諦めるわけにはいかない。
前に進むことが大事だ。
「あいにくの雨ですね、残念」
鈴は、注文したジュースを飲みつつ、窓の外の雨空を見た。
「外の移動はちょっと面倒かな。まあ、それだけで、遊ぶにしても室内だから問題ないだろ」
「私達、学生なのに、屋内ばかりで遊ぶなんて不健康ですね。公園でゲーム対戦をするとか、スマホでお気に入りの動画を一緒に見るとか、そんな健康な遊びもしたいですね」
「健康なのか、それ……?」
公園で鬼ごっこなどをして遊ぶのは、小学校低学年まで。
最近の小学生は、わざわざ外で、今、鈴が言ったようなことをするらしい。
……まあ、大きな公園に行けば、スポーツに励む子供もいるから、一概には言えないけどな。
今度、鈴と一緒に体を動かすのもアリかもしれない。
「それで、今日はどうするんですか?」
「カラオケに行こう」
――――――――――
屋内デート。
ストレス発散。
その二つを兼ね備えたものは……すなわち、カラオケだ。
「愛しくて愛しくて愛しくて、切ないよ~♪」
鈴は両手でマイクを握り、ちょっと体を左右に振りつつ、楽しそうに笑顔で歌う。
思った通りというか、歌はうまい。
透き通るような声で、しっかりと音程、音階を捉えていて……
採点機能を設定したら、たぶん、90点以上を叩き出すんじゃないか?
……男性ユニットの、かなり前に流行った歌をなぜチョイスしたのか、それは謎なのだけど。
「ふぅ……どうですか、直人さん!? 私の歌は!?」
「うん、うまいよ。上手、上手」
「なんか孫を見るような感じ!?」
「いや、本当にうまいよ。聞き惚れていた。でも、なんでこの歌? いや、別に最近の流行りでなくてもいいんだけどさ」
「好きだからなのと……これ、一応、ラブソングじゃないですか」
「そうだな」
「私から直人さんへの愛を伝えようと♪」
「だいぶお腹いっぱいだ」
言われてみると、鈴は、さきほどからラブソングばかり歌っていた。
ただ、チョイスが渋いというか……
ストレートなラブソングじゃなくて、ちょっとした悲恋だったり悲哀だったり、そういう要素が混じったものを選んでいるから、気づかなかった。
しかも、男性ユニットの歌が多い。
「鈴って、女性歌手よりも男性歌手の方が好き?」
「んー、そうですね……そうかもしれません。これは、完全にパパの影響ですね」
「お父さんの?」
「家でカラオケできるヤツ、あるじゃないですか? アレで、パパ、けっこう歌うことが多いんですよね。休みの日とか」
「へぇ、なんか意外。お父さん、どんな歌を?」
「私が歌っているようなヤツですね。だから、影響を受けたのかもしれません」
家でカラオケを楽しむ鈴のお父さん……想像したら、なんか微笑ましい光景が浮かび上がった。
一度、顔を合わせただけだけど……
穏やかで、とても良い人そうだった。
「直人さんは、なんていうか……バラバラですよね」
流行りの歌を歌ったかと思えば、数十年前の歌を歌い。
女性歌手の歌も選んで、たまにアニソンにも手を出す。
「まあ……好きなものを選んでいたら、こんな感じに」
これは嘘だ。
選んだ歌は、いずれも明るく楽しい気分になれるもの。
少しでも鈴の気持ちが晴れれば、と思ってのことだ。
「直人さん、直人さん。せっかくなので、えっちなことをしませんか!?」
「ごほっ」
飲んでいたアイスティーを吹いてしまいそうになる。
「突然、なにを言い出すんだ……」
「カラオケといえば、えっちなことをするのが定番じゃありませんか? 直人さんも、それが目的で……」
「ないない。というか、そんなことをしたら出禁になるぞ。あんなことができるのは創作の世界だけだ」
「……」
「どうかした?」
「なんで、そういうことをしている創作のことを知っているんですか?」
「あ」
「むー……やっぱり、直人さん、そういう本を持っていたんですね?」
しまった。
今のは失言だ。
「前に探した時は見つからなかったのに……今度、徹底的に探索しないと」
「……探索してどうするんだよ?」
「もちろん、直人さんの性癖を探るんです! コスプレが好きだったらコスプレをして、それで迫ればイチコロですね!」
「やめてくれ、本当に」
女子小学生に成人漫画のようなことをさせる……完璧にアウトだ。
「ってか、怒らないの?」
「なにがですか?」
「好きな人がそういう本を持っているの、嫌じゃないのかな、って」
「それこそ創作の話ですよ。誰だって、えっちなことに興味はありますからね。いちいちそれに腹を立てていたら、干渉しすぎの嫌な人になっちゃいます」
「なんていうか……」
鈴って、子供らしくない子供なんだよな。
考え方が大人に近い。
……だからこそ、ストーカーの件も堪えているのだろう。
「次はなにを歌う?」
「直人さんはいいんですか?」
「鈴の歌が聞きたいな」
「やった、ついにデレ期ですね♪」
「それはない」
「残念……あ。それなら、一緒に歌いましょう。一緒に」
「いいよ、なにを歌う?」
「もちろん……ラブソングで♪」
◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新連載です。
『氷の妖精と呼ばれて恐れられている女騎士が、俺にだけタメ口を使う件について』
https://book1.adouzi.eu.org/n3865ja/
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