59話 過去のトラウマ
『……私は、嫌です』
鈴は、これ以上ないほどハッキリとした拒絶を示した。
ただ、言葉から嫌悪感というものは感じられない。
小柳先輩を嫌っているわけではなさそうだ。
昨日も仲良くしていたし……
明確に感じられるものは……怯え?
いや。
戸惑い……かな?
「わかった。じゃあ、俺達のことは言わないことにするよ」
『え?』
「バレないように、日頃の言動とか注意してみる。小柳先輩、なんか似てる、っていう勘に近いレベルだと思うから、まあ、気をつければバレないと思う」
『ちょ、ちょっとまってください。それは……いいんですか?』
「いいよ」
即答した。
それは、鈴に対する信頼があるからこそ、できることだ。
「鈴は、小柳先輩のことが嫌いなわけじゃないんだろう?」
『それは……はい。もちろんです』
「だよな。昨日、あんなに楽しく遊んでたし。だから、なにか理由があるんじゃないかな、って。鈴は、無意味に人を拒絶するような子じゃないから。しっかりしてて、優しい子っていうことは、俺は、知っているから」
『……』
「鈴?」
『……うぅ、そんなことを言われたら……』
照れているみたいだ。
そして、迷っているみたいだ。
このままでいいのか、と。
「言っておくけど、鈴を説得するつもりはないから。本当に。小柳先輩に内緒にしたいなら、内緒にする」
『……いいんですか?』
「なにか理由があるんだろう? なら、俺のもやもやっていう気持ちだけで、無茶をさせるつもりはないよ」
『うぅ……直人さんの理解力と共感力が半端なさすぎて、惚れ直してしまいます』
「まあ、そんなわけだから。今の話は忘れて……」
『あっ、待ってください!』
通話を終えようとしたら引き止められた。
『……』
沈黙。
それは、なにか迷っているように感じた。
無理に促すことはしない。
急かすこともしない。
ただ、どんなものでもいいから、鈴の言葉を待つ。
『……あの』
「うん」
『小柳さんは……良い人だと思いました。ライバルになりそうですけど、でもでも、仲良くしたいというか……』
「うん」
『ただ……ちょっと怖いんです』
「怖い?」
意外な台詞だ。
あの小動物のような先輩を怖がる人なんて、いるのだろうか?
『あ、小柳さんのことじゃなくて、リアルを打ち明けることが……です』
「なるほど、そっちか」
『その……ストーカー事件があったじゃないですか? アレが影響しているというか……あと、前に、ちょっとトラブルがあって』
「え?」
それ、初耳なんだけど。
『まだ直人さんと出会う前なんですけど、ゲーム内でストーカーっぽいことをされたことがあって……私が女の子だってわかったら、急にぐいぐいって距離を詰めてくる人がいて……』
「あー……」
いるよな、そういうヤツ。
ゲームを遊ぶのではなくて、出会いを目的に遊んでいるヤツ。
ネットゲームで知り合い、交際に発展して、結婚したという話はたまに聞く。
そういうことは否定しないけれど……
最初から出会い目的でゲームを遊ぶのはいかがなものか。
そういうヤツに限り、相手が本当の女性とわかると性格が変わるものだ。
『だから……どうなるかわからなくて、ちょっと怖いんです。直人さんに……ヒロに女性って打ち明けて、ボイスチャットをするまで、けっこうかかりましたし』
言われてみるとそうだ。
鈴……アイリスと出会ったのは、約1年前。
ただ、彼女が女性ということを知り、ボイスチャットをするようになったのは半年くらい前だ。
俺でさえ、それだ。
他の人になると、かなり警戒心が高くなってしまうのだろう。
……はぁ。
自分のことが情けない。
大事な友達がこんなトラウマを抱えていたことに、今の今まで気づかないなんて。
知ったからといって、なにができるかわからないけど……
それでも、知っておくべきだった。
なにもしていない自分のことが情けない。
『あっ、直人さんはなにも悪くないですよ!?』
なんとなく、俺の今の気持ちを察したのだろう。
慌てた様子で鈴が言う。
『私が勝手に警戒しているだけですし、そのことを話していないのは私なので、直人さんが気にすることはまったくないです! それに……今は、誰よりもなによりも、世界で一番直人さんのことを信頼していますから』
「……うん、ありがとう」
鈴の優しい言葉に救われる。
でも、甘えてばかりじゃダメだよな。
俺にできることはないかな?
なんでもいい。
鈴のためにできることは……
「あのさ」
『はい』
「今度、デートしようか」
『はい』
「……」
『……』
しばしの沈黙。
『はい!?』
ややあって、ちょっと間の抜けた驚きの声が聞こえてきた。
◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新連載です。
『氷の妖精と呼ばれて恐れられている女騎士が、俺にだけタメ口を使う件について』
https://book1.adouzi.eu.org/n3865ja/
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