表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/74

57話 実は様子見でした

「……ん」


 カーテンの隙間からこぼれる朝日で目が覚めた。

 ぼんやりしていた意識が、次第にはっきりしたものに変わっていく。


 ゆっくりと目を開けて……


「おはようございます♪」


 目の前に鈴がいた。


「うわぁっ!?」


 悲鳴をあげて飛び起きた。

 そのままベッドから落ちてしまいそうになるものの、なんとか耐える。


「なっ、お、お前……!?」

「むーっ、お嫁さんの顔を見て悲鳴をあげるとか、ちょっと失礼じゃないですか?」

「誰がお嫁さんか!」

「私です♪」


 だから、それはゲームの話だ。


 ……というツッコミを心の中で入れられるくらいには落ち着いてきた。


「……それで?」

「それで?」

「どうして、ここにいるんだよ?」

「もちろん、直人さんの寝姿を見るためです!」

「どうやって家に……って、合鍵、勝手に作ったんだよな……」


 その時のことを思い返して、頭が痛くなった。


「本当は、ちょっとした様子見の意味もありました」

「様子見?」

「昨日のあの人のことを、寝言でつぶやいたりしないかな、って」

「小柳先輩のことか? 別に、寝言でつぶやくほど意識していないけど……」

「んー……」


 ジト目を向けられてしまう。


 いや、本当になにもない。

 なにもないのだけど……

 こういう時、なぜか居心地の悪さを感じてしまう。

 男の性なのだろうか?


「直人さんは、たぶん、意識していないんですよね。いえ、しているかもしれないんですけど、無意識レベル、っていう感じですね」

「なんで、俺より俺のことに詳しいんだよ」

「直人さんのこと、いつでもどこでもずっと見ていますからね♪」


 得意そうに言わないでくれ。

 それ、世間ではストーカーって言うんだからな?


「ただ……」

「ただ?」

「あの小柳って人は、もしかしたら直人さんのことを……ううん。勝手な憶測はやめておきましょうか。一応、これからしばらくは一緒に遊ぶことになりそうですしね」


 鈴はなにを感じたのだろう?

 言いかけた言葉を最後まで聞きたいと思ったものの、それはそれで修羅場を招くような気がしたため、止めてしまう。


 チキンというなかれ。

 相手が小学生だとしても、女性絡みの修羅場というものは恐ろしいものなのだ。


「とりあえず、朝ご飯、作っちゃいますね。ご飯とパン、どっちがいいですか?」

「いや、それくらい自分で……」

「作らせてください。こういうところでポイントを稼いでおきたいので♪」

「ポイントとか言うなよ」


 がっかりだよ。


「でも、女の子が自分のためにご飯を作ってくれる……素敵なシチュエーションでしょう?」


 その通りだよ。


「はぁ……パンで頼むよ」

「了解です。デザートに、私をつけておきますね♪」

「腹を壊しそうだから、それは遠慮しておくよ」

「酷い!?」




――――――――――




「別に、偏見のつもりはないんだけどさ」

「はい」


 いつものように鈴と一緒に登校する。

 この光景にもすっかり慣れたな。


 だんだん、日常を鈴に侵食されているかのようで、なんか複雑な気分だ。


「鈴って、小学生なのに家事が得意だよな。料理は上手で、掃除洗濯もテキパキとできて……見たことないけど、裁縫も得意そう」

「そうですね。一通りはできますよ」

「すごいな。そこまでできる小学生って、なかなかいないんじゃないか?」


 だからこそ、家庭科の授業で調理実習や裁縫があるのだと思う。


「私も、少し前まではそんなに上手じゃなかったんですけどね。練習したんです」

「どうして?」

「もちろん、花嫁修業です♪」


 少し前、っていうのは1年くらい前なんだろうな。


「直人さんのために、健気に花嫁修業をする女子小学生……ぐっと来ませんか?」

「来ない」


 来たら犯罪だ。


「むぅ。相変わらず、直人さんの防御は鉄壁ですね」

「落とされたら、その時点で社会的に死んでしまうから、必死なんだよ」

「なら、落としがいがあるというものです」

「張り切らないで。やる気を出さないで。本当、お願いだから」


 ……なんて、どうでもいいように見えて切実な話をしていたら。


「おーい」

「小柳先輩?」


 振り返ると、手を振りながらこちらに駆けてくる小柳先輩がいた。


「おはよう、結城君」

「おはようございます」

「えへへ。結城君が見えたから、ついつい走ってきちゃた」


 笑顔で言いつつ、てへ、と舌を出す小柳先輩。


 本当、この人は……

 俺よりも年上なのに、一つ一つの仕草はこんなにも幼いのはなぜだろう?


 しかも、ものすごく似合う。

 自然で、鈴にあるような、あざとさがまったくない。


「あれ? この子は……」


 鈴に気づいて、小柳先輩は小首を傾げた。


 ……どうしよう?

 鈴のことをどう説明したらいいか迷い、言葉を失う。


 下手な言い訳をして、後で辻褄が合わなくなって自滅する、という展開はよくあるパターンだ。

 かといって、本当のことを話すわけにはいかない。


 それなら……

 『ファンネク』のことを話してしまうか。

 それなら、友達と紹介しても、年の差を怪しまれることはないだろう。


 『ヒロ』の正体をバラすことになるけど、こちらは小柳先輩のことを知っている以上、黙っているのはちょっと不誠実だ。

 そう考えると、ちょうどいいタイミングかもしれない。


「実は……」

「はじめまして。私、宮ノ下鈴、っていいます。結城さんは友達のお兄さんなので、ちょっとお話をしていたところなんです」


 俺の話を遮り、鈴がそんな説明をした。


 今の鈴は……

 俺の話す内容を推察した様子で、それで、邪魔をしたように見えた。


「へぇ、そうなんだ。結城君、妹さんがいたんだね」

「えっと……はい。一応」


 確かに妹はいる。

 でも、鈴は嘘を織り交ぜていて……

 絶妙な具合の嘘の吐き方だ。


 この様子を見ると、『ファンネク』のことは話してほしくないのだろうか?


「……リアルのヒロを知っているのは、私だけでいいんです」


 ……なんてことを、鈴は、俺だけに聞こえる声でつぶやいた。


 嫉妬。

 それと、独占欲。


 小学生らしく、可愛らしいもの、と思うべきなのか。

 年齢関係なく、女性としての性が表に出ていると考えるべきなのか。


 どちらにしても、


「……女性って厄介だ」


 ついつい、そんなことを思ってしまう俺だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
さらに新作を書いてみました。
【おっさん冒険者の遅れた英雄譚~感謝の素振りを1日1万回していたら、剣聖が弟子入り志願にやってきた~】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 身長はどっちが上? [一言] ちびっこ大奮戦、無自覚天然対恋脳児童
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ