57話 実は様子見でした
「……ん」
カーテンの隙間からこぼれる朝日で目が覚めた。
ぼんやりしていた意識が、次第にはっきりしたものに変わっていく。
ゆっくりと目を開けて……
「おはようございます♪」
目の前に鈴がいた。
「うわぁっ!?」
悲鳴をあげて飛び起きた。
そのままベッドから落ちてしまいそうになるものの、なんとか耐える。
「なっ、お、お前……!?」
「むーっ、お嫁さんの顔を見て悲鳴をあげるとか、ちょっと失礼じゃないですか?」
「誰がお嫁さんか!」
「私です♪」
だから、それはゲームの話だ。
……というツッコミを心の中で入れられるくらいには落ち着いてきた。
「……それで?」
「それで?」
「どうして、ここにいるんだよ?」
「もちろん、直人さんの寝姿を見るためです!」
「どうやって家に……って、合鍵、勝手に作ったんだよな……」
その時のことを思い返して、頭が痛くなった。
「本当は、ちょっとした様子見の意味もありました」
「様子見?」
「昨日のあの人のことを、寝言でつぶやいたりしないかな、って」
「小柳先輩のことか? 別に、寝言でつぶやくほど意識していないけど……」
「んー……」
ジト目を向けられてしまう。
いや、本当になにもない。
なにもないのだけど……
こういう時、なぜか居心地の悪さを感じてしまう。
男の性なのだろうか?
「直人さんは、たぶん、意識していないんですよね。いえ、しているかもしれないんですけど、無意識レベル、っていう感じですね」
「なんで、俺より俺のことに詳しいんだよ」
「直人さんのこと、いつでもどこでもずっと見ていますからね♪」
得意そうに言わないでくれ。
それ、世間ではストーカーって言うんだからな?
「ただ……」
「ただ?」
「あの小柳って人は、もしかしたら直人さんのことを……ううん。勝手な憶測はやめておきましょうか。一応、これからしばらくは一緒に遊ぶことになりそうですしね」
鈴はなにを感じたのだろう?
言いかけた言葉を最後まで聞きたいと思ったものの、それはそれで修羅場を招くような気がしたため、止めてしまう。
チキンというなかれ。
相手が小学生だとしても、女性絡みの修羅場というものは恐ろしいものなのだ。
「とりあえず、朝ご飯、作っちゃいますね。ご飯とパン、どっちがいいですか?」
「いや、それくらい自分で……」
「作らせてください。こういうところでポイントを稼いでおきたいので♪」
「ポイントとか言うなよ」
がっかりだよ。
「でも、女の子が自分のためにご飯を作ってくれる……素敵なシチュエーションでしょう?」
その通りだよ。
「はぁ……パンで頼むよ」
「了解です。デザートに、私をつけておきますね♪」
「腹を壊しそうだから、それは遠慮しておくよ」
「酷い!?」
――――――――――
「別に、偏見のつもりはないんだけどさ」
「はい」
いつものように鈴と一緒に登校する。
この光景にもすっかり慣れたな。
だんだん、日常を鈴に侵食されているかのようで、なんか複雑な気分だ。
「鈴って、小学生なのに家事が得意だよな。料理は上手で、掃除洗濯もテキパキとできて……見たことないけど、裁縫も得意そう」
「そうですね。一通りはできますよ」
「すごいな。そこまでできる小学生って、なかなかいないんじゃないか?」
だからこそ、家庭科の授業で調理実習や裁縫があるのだと思う。
「私も、少し前まではそんなに上手じゃなかったんですけどね。練習したんです」
「どうして?」
「もちろん、花嫁修業です♪」
少し前、っていうのは1年くらい前なんだろうな。
「直人さんのために、健気に花嫁修業をする女子小学生……ぐっと来ませんか?」
「来ない」
来たら犯罪だ。
「むぅ。相変わらず、直人さんの防御は鉄壁ですね」
「落とされたら、その時点で社会的に死んでしまうから、必死なんだよ」
「なら、落としがいがあるというものです」
「張り切らないで。やる気を出さないで。本当、お願いだから」
……なんて、どうでもいいように見えて切実な話をしていたら。
「おーい」
「小柳先輩?」
振り返ると、手を振りながらこちらに駆けてくる小柳先輩がいた。
「おはよう、結城君」
「おはようございます」
「えへへ。結城君が見えたから、ついつい走ってきちゃた」
笑顔で言いつつ、てへ、と舌を出す小柳先輩。
本当、この人は……
俺よりも年上なのに、一つ一つの仕草はこんなにも幼いのはなぜだろう?
しかも、ものすごく似合う。
自然で、鈴にあるような、あざとさがまったくない。
「あれ? この子は……」
鈴に気づいて、小柳先輩は小首を傾げた。
……どうしよう?
鈴のことをどう説明したらいいか迷い、言葉を失う。
下手な言い訳をして、後で辻褄が合わなくなって自滅する、という展開はよくあるパターンだ。
かといって、本当のことを話すわけにはいかない。
それなら……
『ファンネク』のことを話してしまうか。
それなら、友達と紹介しても、年の差を怪しまれることはないだろう。
『ヒロ』の正体をバラすことになるけど、こちらは小柳先輩のことを知っている以上、黙っているのはちょっと不誠実だ。
そう考えると、ちょうどいいタイミングかもしれない。
「実は……」
「はじめまして。私、宮ノ下鈴、っていいます。結城さんは友達のお兄さんなので、ちょっとお話をしていたところなんです」
俺の話を遮り、鈴がそんな説明をした。
今の鈴は……
俺の話す内容を推察した様子で、それで、邪魔をしたように見えた。
「へぇ、そうなんだ。結城君、妹さんがいたんだね」
「えっと……はい。一応」
確かに妹はいる。
でも、鈴は嘘を織り交ぜていて……
絶妙な具合の嘘の吐き方だ。
この様子を見ると、『ファンネク』のことは話してほしくないのだろうか?
「……リアルのヒロを知っているのは、私だけでいいんです」
……なんてことを、鈴は、俺だけに聞こえる声でつぶやいた。
嫉妬。
それと、独占欲。
小学生らしく、可愛らしいもの、と思うべきなのか。
年齢関係なく、女性としての性が表に出ていると考えるべきなのか。
どちらにしても、
「……女性って厄介だ」
ついつい、そんなことを思ってしまう俺だった。




