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56話 拍子抜け

「ヒロから離れてください!!!」


 アイリスがダンジョン全体に聞こえる、全方位チャットで叫んだ。

 それだけ怒りが強い、ということだろう。


「え?」

「ヒロは私のものですよ! この泥棒猫!」


 泥棒猫、なんて単語、日常で本当に出てくるんだな。


 妙な感心をする俺。

 ……現実逃避をしている、とも言う。


「私のもの、っていうのは?」

「ヒロと私は結婚しているんです! 言ったじゃないですか!」

「……ああ!?」


 そういえば牽制していたな。


「……」


 ピタリ、と硬直する小柳先輩。


「あぁ!?」


 ややあって再起動。


 驚きの声をあげて……

 それから、『謝る』のエモートを連打した。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」

「……はれ?」


 アイリスが間の抜けた声をこぼした。


 たぶん、


『結婚しているからなんだっていうんですか? そんなこと、私には関係ありません』


 ……なんて、反論をされると思っていたんだろう。

 でも、小柳先輩はそういう人ではない。


 とても誠実な人で……

 ゲーム内の結婚だとしても、相手がいる人にちょっかいをかけてしまった、と後悔するような人なのだ。


 だから今、何度も何度も謝っていた。


「ごめんなさい! 本当にすみません! そんなつもりはなかったんです。ただ、すごく嬉しかったから、なんていうか、つい……ああ、私のバカ! お姉さんなのに! ごめんなさい!」

「えっと……」


 拍子抜けした、という感じで、アイリスの怒りが一気に鎮火した。


 困った様子でこちらを見る。

 いや、俺に頼られても……


「えー……こほん。頭を上げてください」

「でも……」

「ちょっと取り乱しましたけど、私は怒っていませんよ? 大丈夫です」

「そうなんですか?」

「私とヒロの関係をしっかりと認識してて、それで、妙なことをしなければ問題ありません。妙なこと……しませんよね?」

「もちろんです!」


 即答だ。

 それに満足したらしく、アイリスは笑顔になる。


「うんうん。ちゃんと、自分の立場というものをわかっているみたいですね。なら、よしです!」

「はい!」

「今回のつまらない失敗は見なかったことにしましょう」

「ありがとうございます、先生!」

「……先生?」

「あ、すいません。このゲームの先生みたいなものなので、つい……」

「いいですね、それ!」


 アイリスはさらに笑顔を深くした。

 律儀にエモートを使用しているところを見ると、相当に嬉しいらしい。


「今から、私のことはアイリス先生と呼ぶように」

「はい、アイリス先生!」

「ふふん♪」


 先生と呼ばれて調子に乗る辺り、アイリスはやっぱり子供だ。

 そして、相手が小学生ということに気づかないで、先生と呼んでしまう辺り、小柳先輩も……いや、これ以上は考えないでおこう。


「とりあえず」


 話をまとめるように、俺はチャットを打つ。


「無事、ダンジョンを攻略したし、今日はこれくらいにしておこうか?」




――――――――――




「ふぅ」


 小柳瑠璃はゲーム機の電源を落とすと同時に、小さな吐息をこぼした。

 それから、自分の胸元に手をやる。


 ドクンドクンという鼓動が伝わってきた。


「私、まだドキドキしてる……」


 友達に勧められて、なんとなく始めた人生初のオンラインゲーム。

 最初は右も左もわからなくて、とにかく混乱するばかり。

 攻略サイトを見てもよくわからない。


 このゲーム、向いていないかも……


 そんなことを思った時、見知らぬ男性プレイヤーに話しかけられた。


 オンラインゲームなので、ゲームのプログラムが操作するNPCを除いて、他のキャラクターは『誰か』が動かしている。

 画面の向こうに『誰か』がいる。


 人と人の繋がりを得るゲームでもある。


 突然のことに瑠璃は慌てたものの……

 ただ、相手はとても親切だった。

 ゲームの基本操作を教えてくれて、わからないこと、質問にも色々と答えてくれた。


 さらに友達を呼んで、一緒にダンジョンの攻略に挑んでくれた。


 プログラムされたNPCと一緒に戦っても、どこか味気ない。

 でも、実在する『誰か』と一緒にする冒険はどうだろうか?


 楽しい。

 楽しい。

 楽しい。


 なんて楽しいのだろう。

 瑠璃はいつの間にか笑顔だけになっていて、ゲームを始めたばかりの憂鬱とした気持ちなんて吹き飛んでいた。

 夢中になって遊んで、二人のプレイヤーと一緒にがんばってダンジョンを攻略した。


 傍から見れば、とても拙い操作だっただろう。

 技術なんてゼロ。


 それでも、瑠璃は一生懸命がんばって……

 そして、見事にダンジョンをクリアーした。


 その時の達成感は素晴らしいものがあった。

 思わず、リアルに「やったー!」と叫んでしまったほどだ。


 ……母親に「どうしたの?」と聞かれ、すぐに冷静になったが。


 その後、ちょっとしたトラブルがあったものの……

 『ヒロ』と『アイリス』という二人のプレイヤーと友達になることができた。

 初日の成果としては十分すぎるほどだろう。


「面白かったなぁ……オンラインゲームって、こういうものなんだ。ううん。私が触れたのは、たぶん、まだ一欠片なんだろうな。もっともっと広くて深いものなんだよね、きっと」


 瑠璃は目を閉じて、楽しい時間を振り返る。

 その中で……自然と、ヒロというプレイヤーのことを思い浮かべた。


「ヒロさん……すごい親切な人だったなぁ……」


 アイリスも親切な人だった。

 やや口調はきつめだったものの、こちらのことをきちんと見てくれていて、気遣ってくれていた。

 最後は『先生』と呼ぶことになり、良い友達になれた。


 でも……


 それ以上に、『ヒロ』のことが気になっていた。


 初めてログインして、ゲームを始めた時。

 なにをすればいいかわからなくて。

 どこに行けばいいかわからなくて。

 迷子になったかのように、瑠璃は不安に包まれていた。


 その不安を優しく取り払ってくれたのが『ヒロ』だ。


 一人じゃないよ、と言うかのように話しかけてくれて。

 色々なことを教えてくれて。

 それに、細かいところまで気を配ってくれる。


 やや過剰な表現ということは瑠璃も承知しているが、『ヒロ』は、まさに白馬の王子様のように見えた。


「ヒロ君……また会えるよね? ……って、あれ?」


 瑠璃は小首を傾げた。


「私、どうして……ヒロ『君』って、『君』付けしたんだろう?」


 ネットゲームなので、プレイヤーの見た目がそのまま現実に反映されることはない。

 誰しも理想のプレイヤーを作り上げているため、現実と同じ姿をしているなんてことは、ほとんどない。


 それなのに、なぜか瑠璃はヒロを年下のように感じていた。

 自然とそう思っていた。


「なんでだろう?」


 瑠璃は考えるものの、でも、理由はわからなくて……

 しばらくの間、小首を傾げていた。


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◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
さらに新作を書いてみました。
【おっさん冒険者の遅れた英雄譚~感謝の素振りを1日1万回していたら、剣聖が弟子入り志願にやってきた~】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
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