53話 もう一人のプレイヤー
「んー……鈴、今日はインしないのかな?」
夜。
ファンネクにログインして1時間ほど経つけど、鈴……アイリスがログインしたという通知はやってこない。
いつもなら、この時間ならとっくにインしているんだけど……
なにか用事でもできたのかな?
「メッセージアプリで確認は……まあ、そこまでしなくてもいいか」
たったの1日。
それでいちいち確認していたら、
「あれあれ? そんなに私に会いたかったんですか? これはもう愛していると言っても過言ではありませんね! もう、可愛いんだから♪」
と、調子に乗ることは間違いない。
数日なら確認はするけど、1日なら、そういう日もあると気にしないでおこう。
「一人となると……サブ職業のレベル上げでもしておくか」
そう決めてダンジョンに向かい……
「……なんだ、あれ?」
見知らぬプレイヤーが、大量の魔物にタコ殴りにされていた。
その女性プレイヤーは慌てて逃げるものの、当然、魔物も追いかける。
そして、このゲーム、基本的に走っただけで逃亡することは難しい。
あっという間に追いつかれて、タコ殴り再開。
女性プレイヤーは、さほどレベルが高くないらしい。
一気にHPバーが減っていき、ゼロに。
そして死亡。
ばたんきゅー。
獲物を倒したことで、たくさんの魔物達が興味を失い、離れていった。
後に残されたのは、女性プレイヤーの死体だ。
「うん?」
女性プレイヤーの死体がいつまで経っても消えない。
このゲーム、わりと優しい作りになっていて、他のネットゲームにありがちなデスペナルティというものが存在しない。
デスペナルティというもの、死んだ場合、経験値が減らされるとか、一定時間弱体化されるとか、そういうものだ。
ただ、『ファンネク』は初心者に優しいことで知られているゲームでもあるため、デスペナルティは存在しない。
死んだ場合、近くの街に転送することが可能だ。
それなのに、どうして、そこで転がったままになっているのだろう?
なんとなく興味を覚えて、遠くから観察する。
1分経過。
なにも起きない。
5分経過。
ずっと寝たまま。
10分経過。
やはり、死体のままだ。
寝落ち?
「……あのー」
ふと、倒れている人からと思われる広域チャットが飛んできた。
広域チャットというのは、対象を特定せず、近くにいる人全てが拾うことのできるチャットだ。
「突然すみません、お願いが……」
「俺?」
「はい。可能だったら、生き返らせてほしくて……」
あ、この人、初心者だ。
近くの街に転送せず、自動回復アイテムを用意しておらず。
ただただ、地面を転がっているだけ。
そんな人、初心者以外にいない。
「ちょっとまってくださいね」
俺のメイン職業は火力重視のアタッカーだけど、アイリスと二人で遊ぶことが多いため、色々とカバーできるように他職業もマスターしている。
ヒーラーに職業を変えて、待機時間を終えた後、倒れている人に蘇生魔法をかけた。
「はい、これで大丈夫ですよ」
「ありがとうございます、命の恩人です!」
「大げさな。ゲームなんですから……」
途中で言葉を失う。
この人の名前……
『Ruri Koyanagi』なんだけど!?
小柳先輩……なのか?
いやいや。
ネットゲームのキャラクターに、自分の名前をつけるとか……やる人はやるか。
ネットとリアルの境目をまったく気にしない人とか。
あるいは、ネットゲームに触れたばかりの初心者とか。
とはいえ、この人が小柳先輩と確定したわけじゃない。
追加の情報が欲しい。
「本当にありがとうございます。いきなり戦うことになって、どうすればいいかわからなくて、そのまま……」
「なるほど。最近、このゲームを始めたんですか?」
「あれ? なんでわかるんですか?」
「初心者さんっぽい動きをしていたので」
「そっか、わかっちゃうものなんですね。はい。面白そうだったので、始めてみました。とはいえ、体験版なんですけど」
『ファンネク』の体験版は、制限はあるものの、三つ目の拡張パックまで遊べるという大ボリュームだ。
気軽にたくさん遊べるということで、手を出す人は多い。
「でも、ネットゲームって難しいですね。私には向いていないかも……」
まずい。
初心者故になにも知らず、そのせいで早くも心が折れかけているみたいだ。
なにも知らない初心者というのなら、色々と教えてあげたい。
『ファンネク』はこんなにも楽しいゲームなんだよ、と知ってほしい。
ただ……
この人が小柳先輩だとしたら?
アイリス……鈴は、きっといい思いをしない。
同じような失敗を繰り返すわけにはいかない。
それでも……うーん。
一人のゲーマーとして。
『ファンネク』のファンとして。
ぜひ、このゲームを好きになってもらいたい。
『アイリスがログインしました』
迷っていると、とても良いタイミングでそんな通知が流れてきた。
よし!
本当にベストタイミングだ。
「すみません、ちょっと待っててもらっていいですか?」
「えっと……はい」
小柳先輩らしき人の了承を得て、それから、アイリスに個人チャットを飛ばした。
さて、どんな反応をするか……?




