52話 ちょっと抜けているところ
ドガッ!
「な、なんだ……!?」
急に衝撃を受けて、一気に目が覚めた。
起き上がり、慌てて周囲を見る。
地震か!?
「……なにもないな」
「むにゃるん……」
隣を見ると、布団を蹴っ飛ばした状態で寝ている鈴。
さっきの衝撃は鈴に蹴られたもののようだ。
「呑気な寝顔をして、まあ……」
幸せそうな顔をしてる。
いい夢でも見ているのだろうか?
時計を見ると、まだ早い時間だ。
一緒に起こすのはかわいそうなので、そのまま寝かせておくことにした。
蹴り飛ばした布団をかけ直して、着替えを手に寝室の外へ。
リビングで私服に着替えた後、キッチンに立つ。
料理は得意じゃないけど、簡単なものなら作ることはできる。
こんがりキツネ色に焼いたトースト。
半熟卵のベーコンエッグ。
野菜をカットして市販のドレッシングをかける簡単なサラダ。
それと、こちらも市販のコーンスープ。
あと、ヨーグルトを添えれば完璧だ。
「……おはよぅごじゃいますぅ……」
「おはよう」
「ママ、もうご飯は……っ!?」
寝ぼけていた鈴だけど、すぐにここが自分の家でないことを思い出したようだ。
「あっ、あああぁ……」
寝起きなので、髪のあちらこちらが跳ねていた。
寝間着もよれよれ。
表情は、ぽけーっとした感じで、美少女が台無しだ。
「し……失礼しましたーっ!!!」
鈴は慌てて寝室に戻った。
いや。
逃げた。
「実家と思うくらいくつろいでくれているのは、喜ぶべきところなのか……?」
苦笑しつつ、朝食をテーブルの上に並べていく俺だった。
――――――――――
「あうううぅ……」
朝食の席についた鈴は、ものすごいローテンションだった。
今は、きっちりと身なりを整えているものの……
その前の状態を見られたことがよほど恥ずかしかったらしく、今も耳が赤い。
「寝起きを見られたの、そんなに恥ずかしいのか?」
「恥ずかしいですよっ! めちゃくちゃ、もちゃくちゃ、とちゃくちゃに恥ずかしいですよ!!!」
まだ少し混乱しているみたいだ。
「直人さんの前では、こう、なんでもできるパーフェクト小学生みたいにしていたかったのに……それなのに、あんなかっこ悪いところを、だらしないところを見せてしまうなんて」
「まあ、だらしないと言えばだらしないかもしれないけど」
「はぅん……」
「でも、俺は逆に親しみを覚えたよ」
「え?」
鈴は、わりと完璧だ。
小学生らしからぬ言動と思考。
大人びた態度。
すごくよくできた子だと思う。
でも、さっきのようなところを見ると、やっぱりまだ小学生なんだな……って。
ちょっと安心した。
完璧超人よりも、普通の人の方が付き合いやすい。
心を許しやすい。
「だから、あれはあれでいいんじゃないかな?」
「……」
鈴は、嬉しそうな。
それでいて、照れているような表情に。
「もう……直人さんは、いつでもどこでも、私の欲しい言葉をくれるんですね」
「そうか?」
「そうですよ。ますます惚れ直しちゃいました」
「そっか」
「というわけで、結婚しましょう! 毎朝、味噌汁を作ってください!」
「断る。というか、古くないか……?」
「じゃあ、毎晩、私と一緒に寝てください」
「それはそれで、卑猥な方に聞こえてくるような……」
「おや? おやおやぁ? どうしてそう思ったんでしょうか? 私はただ、寝るとしか言っていないのに」
「……」
「やーん、直人さんのえっち♪ でもでも、私はいいですよ。なんなら、今からでも……あ、イエ。ゴメンナサイ、調子にのりました」
こめかみをグリグリする仕草を見せると、途端に鈴はおとなしくなった。
昨今、体罰だなんだ騒がれているけど……
適度な罰は必要なのだ。
しみじみと思う。
「でも……」
トーストをぱくっと食べつつ、鈴が柔らかい笑みを浮かべる。
「誰かと一緒に食べる朝ご飯って、いいものですね」
「……ご両親は、朝も忙しい?」
「はい。私が起きるまで出社は待ってくれて、挨拶は必ずしてくれるんですけど、それ以上は……」
「そっか」
一人で食べるご飯。
それは、なんとも味気ないだろう。
「ゆっくりのんびり食べるか」
「はい!」
鈴は笑顔で頷いて、ぱくりと、もう一口トーストを食べた。




