49話 お泊り会
「じゃあ、家まで送るよ」
映画を観た後、再びショッピングを楽しんで。
それでちょうどいい時間に。
空は赤くなり、陽が傾いている。
今から家に帰れば、ちょうど暗くなる頃だろう。
「あ、大丈夫です」
「え? いや、でも……」
「それよりも、早く直人さんの家に行きましょう?」
「……なんだって?」
鈴はニヤリと笑う。
「私、今日、友達の家でお泊まり会をする、ってパパとママに言ってきたので」
「……その友達が俺?」
「正解! わー、ぱちぱちぱち♪」
「帰れ」
「いたたたたた!? だから、こめかみグリグリは止めてくださーい!?」
鈴は唇を尖らせて、不満そうにこちらを見た。
本気……なんだろうな。
よく見たら、今日の鈴は荷物が多い。
背中に大きめの鞄を背負っていた。
聞いても、大したものじゃないです、というから気にしていなかったけど……
たぶん、着替えとかが入っているんだろうな。
「そういうのはなし。ダメ。家に帰りなさい」
「どうしても?」
「どうしても」
「なんでも言うことを聞いてくれる、って言ったのに?」
「うっ……」
「直人さんは私よりも大人なのに、約束を破るんですか? 小学生と交わした約束を破るんですか?」
「ぐっ……」
「あーあ……私、ぐれちゃうかもしれません。直人さんが約束を守らないなら、私も色々と社会のルールを守らなくてもいいですよね? そう曲解してしまっても仕方ないですよね?」
「……はぁあああ」
深いため息。
ダメだ。
鈴に口で勝てる気がしない。
「……今日だけだからな」
「わーい♪ さすが直人さん! なんだかんだ、私に甘いところ、好きですよ♪」
「そんなところで好かれてもなあ……」
「じゃあ、直人さんの家にレッツゴー、です!」
――――――――――
我が家は1LDKのマンションだ。
オートロックなどはついていないものの、比較的新しい。
ただ、駅から遠いため、家賃は落ち着いたものだ。
家賃は父さんと母さん頼り。
学費も同じく。
ただ、生活費は自力で稼ぐようにしていた。
……一人暮らしがしたい、と言い出したのは俺なので、最低限はなんとかしよう、という気持ちがあった。
「ではでは、おじゃましまーす♪」
「はいはい、いらっしゃい……」
諦めの境地で鈴を我が家に迎えた。
「直人さん、直人さん」
「うん?」
「えっちな本はどこですか!?」
「ごほっ!?」
「直人さんの好みを今のうちから知っておいて、将来のために予習しておきたいんです!」
最近の小学生は、みんな、こんな感じなのだろうか……?
なんて厄介な小学生だ。
「……そんな本はない」
「嘘はダメですよ? 探しちゃいますよ?」
「別に」
電子書籍なので、探しても無駄だ。
「んー……なんか怪しいです。でも、親しい仲でも隠しておきたいものはあるでしょうし、そこの詮索は止めておきますね」
「助かるよ」
「それじゃあ、さっそくご飯を作っちゃいますね」
帰り道。
スーパーに寄り、食材を買っておいた。
エプロンも持参したらしく、鈴は可愛らしいエプロンを身に着けた。
そしてキッチンに立つ。
「……俺も手伝っていいか?」
「もちろん、大丈夫ですけど……直人さん、料理できましたっけ?」
「適当なものしか。まあ、野菜を切るとか、それくらいはできるから」
「私、一人で大丈夫ですよ?」
「なんていうか……鈴に任せた方が早くて確実なんだろうけど、俺も、一緒に作りたいというか……」
甘えてばかりではいけないと思うのだ。
こういうことが何度も続くと、それが当たり前になって……
いつしか感謝も忘れてしまうかもしれない。
なら、一緒に作業をすることを当たり前にした方がいい。
「ダメか?」
「いえ、いえいえいえ! そんなことはないです! 私も、直人さんと一緒にご飯を作りたいです!」
鈴の隣に立つ。
「えへへ♪ なんだか、新婚みたいですね」
「そう……かもな」
「ちょっと狭いですけど、これはこれで。一緒に作業をしている、って感じがすごくてたまらないです」
「鈴は前向きだなあ」
「それが私の特技ですから!」
すごいな。
特技とまで言うか。
「では、一緒にがんばりましょう!」
「おーっ」
こうして、一緒にご飯の準備を始めたのだけど……
鈴は、わりとしっかりした献立を考えているらしく、作業は大変だ。
野菜を切るだけでも苦戦してしまう。
結果……
「いっ……!?」
包丁で指を切ってしまう。
「大丈夫ですか、直人さん!?」
「大丈夫。軽く切っただけだから、洗って絆創膏でも……」
「直人さん、手を貸してください」
「え?」
「はむっ」
鈴は、怪我をした指をぱくりと咥えた。
「んっ、ちゅ……ふぅ……んむ」
「え? あ……え?」
「んんぅ……ちゅぱ、くちゅ……」
突然のことに頭が真っ白になってしまう。
なにもできず、ただ、俺の指を舐める鈴を眺めることしかできない。
「んっ」
ややあって、鈴は指から口を離した。
「えっと……よかった、血は止まっているみたいですね。あとは絆創膏を貼りましょう」
「……」
「直人さん?」
「あ……うん、そうだな。そうしよう」
ダメだ。
まったく頭が働かない。
鈴は、リビングに置いてある救急箱から絆創膏を取り、戻ってきた。
そして、怪我をした俺の指に貼る。
「はい、これで大丈夫ですよ。次からは気をつけてくださいね?」
「あ、ああ……気をつけるよ。その……ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして♪」
鈴は……今のこと、なんとも思っていないのだろうか?
それとも、俺だからなにも気にしていないのだろうか?
だとしたら……
「……あー、これはまた、きついな」
「どうしたんですか?」
「いや……こちらの話」
「?」
キョトンとする鈴は、本当になにもわかっていない様子で……
無意識にこれだけのことをやってみせるとは、本当、とんでもない子だ。
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