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48話 鈴のわがまま

「えへへ♪ どうですか、直人さん。似合っていますか?」


 鈴はにっこり笑顔で、その場でくるっと回る。

 ふわりとワンピースのスカートが浮いた。


 そんな仕草が可愛らしいと思う。

 ドキドキはしないけど……

 でも、ほっこりした気持ちにはなる。


「うん、よく似合っていると思う」

「んー……」

「お世辞じゃないぞ?」

「それはわかっているんですけど……直人さん、さっきからずっと、それじゃないですか。なんかこう、もうちょっと変化球が欲しいです。不意打ちでキュンってさせられるような、ときめきが欲しいです」

「また難しいことを……」


 鈴のお願い。

 それは、一日、俺とデートすることだった。


 身構えていたのがバカらしくなるくらい、普通のお願いだった。

 一日デートなんて、なにも問題ない。


 ……と、考えていた頃が俺にもありました。


 ショッピングモールを訪れて、鈴の服を見ることにしたんだけど……

 あれでもない、これでもない。

 そんな感じで、すでに1時間が経過していた。


 女性の買い物は長いと聞くが、本当に長い……

 じっくり考える上に、あれこれと何パターンも試すから、自然と長くなるんだよな。


 ただ服を見ているだけなのに、すでに俺は疲れていた。


「直人さん」

「うん?」

「今日は、なんでも言うことを聞いてくれるんですよね?」

「……そうだな」

「なら、ちゃんと付き合ってもらいますよ。逃しませんからね、ふふ♪」


 そう言う鈴の背中に、ぱたぱたと小悪魔の羽が見えた……ような気がした。




――――――――――




 買い物をして。

 食事をして。


 それから映画を観ることになった。


「本当にこの映画で良かったのか?」

「は、はい! 大丈夫、でしゅっ……」


 すでにものすごく緊張していた。


 それもそのはず。

 俺達が観る映画は、和製ホラーだ。

 しかも、ものすごく怖いと評判。


 年齢制限はないから、鈴も観ることができるのだけど……

 小学生なら、もっと別の選択肢があったのではないか?

 魔法少女のアニメとか、そんな感じの。


「鈴って、ホラー映画の耐性は……」

「ガタガタガタッ」

「……ないよな」


 観る前からこれだけ怖がっていたら、上映が始まったらどうなってしまうのか。


「どうして、この映画に?」

「えっと……日本アカデミー賞を取るんじゃないか、ってほどの話題と評判で……あと」

「あと?」

「きゃーこわーい、って言いながら抱きつくのを、一度、やってみたくて……」

「あー……うん。そういうことか」


 鈴の考えそうなことだった。


「でもでも、いざとなったところで、思い出したんです。私……ホラー苦手なんですよぉおおお……」


 鈴のやらかしそうなことだった。


 演技ではなくて、本気で怖がっているらしい。

 まだ上映前なのに、すでに涙目だ。


「あー……やめておく?」

「いえ。もったいないですから、なんとかがんばってみます!」

「うーん……なんか、この先の未来が簡単に想像できるような」

「私は、やればできる女です! ホラー映画くらい、簡単に克服してみせましょう!」




――――――――――




「ぴゃあああああっ!?」


 映画が始まり、幽霊が姿を見せるシーンになると、鈴は悲鳴をあげた。


 涙目。

 カタカタと震えている。

 顔は青い。


 途中退席が一番なのだけど……

 こう見えて、鈴はわりと頑固だ。

 退席しようと言えば、逆に意固地になってしまうだろう。


 かといって、俺は口下手だから、うまいこと退席させられるような言葉を知らない。


 えっと……


「大丈夫」

「……ぁ……」


 鈴の手を握る。


 小さな手。

 温かい手。


 今は、この手の震えを止めることしか考えられない。


「俺がいるから」

「……もうちょっと、いいですか?」


 鈴は繋いだ手をぎゅっと握る。

 それから、こちらに寄りかかってきた。


 ……これくらいならいいか。


「どう?」

「……少し落ち着きました。えへへ、直人さん、温かいです」

「鈴も」

「映画が終わるまで、このままで。今日は、私の言うことを聞かないとダメなんですからね」

「了解です、お姫様」


 ちょっとおどけて言ってみせて、鈴がくすりと笑う。


 その後……

 鈴は特に悲鳴をあげることなく、最後まで映画を観ることができた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


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◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
さらに新作を書いてみました。
【おっさん冒険者の遅れた英雄譚~感謝の素振りを1日1万回していたら、剣聖が弟子入り志願にやってきた~】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
― 新着の感想 ―
[良い点] そっと手を握ってくれる。 こういうことをサラっと出来るから直人さん、格好良いんですよね。
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