44話 困った時の先輩頼み
「なるほどね、それで小学生ちゃんを怒らせちゃったのね」
翌日の放課後。
喫茶『アマリリス』。
俺のバイト先だ。
お客さんが途切れたタイミングを見計らい、頼れる大学生の先輩に鈴のことを相談した。
「情けない話なんですけど、どう謝ればいいのか……」
今まで友達とケンカをしたことはない、ってことはない。
ただ、女の子……しかも小学生が相手というのは初めてだ。
どうすればいいのか、さっぱりわからない。
「んー……アドバイスをあげてもいいんだけど、その前に、結城君はどうして小学生ちゃんが怒ったのかわかる?」
「小柳先輩との関係を勘違いしたから……です」
「それは、どうして怒ることなのかしら? だって、結城君と小学生ちゃんは、まだ付き合っていない。勘違いしたとしても、怒る理由はないと思うのだけど」
「いえ。鈴……宮ノ下は、怒る権利があります」
「それは、どうして?」
「俺が、彼女の好意に甘えている状態だから」
鈴から告白されたけど……
でも、返事は保留している状態だ。
それを鈴が望んでいるとしても、俺は、保留できることをほっとしていた。
今の関係を続けることができて……
壊すことがないことを喜んでいた。
なら、俺は、できる限り鈴に対して誠実に向き合わないといけない。
彼女の告白を真剣に考える。
ならば、その間、他に恋人を作るなんてことは論外だ。
「……それなのに恋人がいたとなれば、怒って当たり前ですよ。いや、まあ、実際に作ったわけじゃないですけどね?」
「うんうん、なるほど……よし、合格!」
「え?」
「結城君は、ちゃんと自分の立場と小学生ちゃんのことを考えられているみたいね。よかったわ。もしも、心当たりがないとか怒られる理由がないとか言っていたら、見放していたところよ」
「はは……試されていたんですか」
怖い人だ。
もしも選択を間違えていたらと思うと、ぞっとする。
「じゃあ、協力してあげる。といっても、私に出せるのは知恵くらいだけど」
「それがものすごく大事です」
先輩なら、今の鈴の考えていることを理解できるだろう。
仲直りの方法も思いつくはず。
「いい? まずは……」
――――――――――
翌日。
日曜日。
俺は、再び駅前にあるハンバーガーチェーン店にいた。
昨日、鈴と待ち合わせをしたところだ。
待っているのは鈴。
ただ、来てくれるかどうかはわからない。
メッセージアプリで、『日曜日の10時に駅前の店で待っているから』と送っておいた。
一応、既読はついた。
でも、返信はない。
これは先輩の案だ。
電話をしても、怒っている鈴は通話に応じてくれない可能性が高い。
しかし、メッセージアプリならブロックされていない限り、メッセージは届く。
そして鈴の性格上、届いたメッセージは絶対に見る……とのこと。
その上で、待ち合わせを指定すれば、無視することはできないはず。
同じ女性だからなのか、先輩は、とても鈴のことに詳しい。
簡単に行動予測を立てられるようだ。
さすが大学生。
真の大人の女性とは、先輩のような人を指すんだろうな。
「……」
あれこれ考えていると、対面の席に誰かが座る。
スマホから目を離すと、
「……なんですか、こんなところに呼び出して」
鈴だった。
ここまで先輩の思い描いた通りになると、少し怖いな。
同時に頼もしくもあるのだけど。
「この前の説明と、あと謝罪をしたくて」
「むぅ……」
やはりその話か、という感じで、鈴は頬を膨らませた。
機嫌が急降下していくのがわかる。
ただ……
席を立つことはない。
なんだかんだ、俺の話に耳を傾けようとしている。
これも先輩の予想通り。
鈴はカッとなって怒鳴ってしまったものの、本気で怒っているわけじゃない。
どちらかというと拗ねている状態に近い。
ただ、自分から歩み寄ることは難しいので……
俺からのアプローチがあれば、不機嫌ではあるものの、それを離さないようにして、話を聞いてくれるだろう……とのこと。
ここまで先輩の思い描いた通りに物事が進んでいる。
あの人、実は孔明の生まれ変わりなのでは?
「その……あの時、俺が女の人と一緒にいたのは事実だ」
「……っ……」
「でもそれは、この前話した学校の先輩だ。ほら、鈴も店で軽く顔を合わせただろう? あの人で……ただ、鈴が思っているような関係じゃない」
「むぅ、むぅむぅむぅ……なら、どうして家にいたんですか? あの会話、家にいないとしないものですよね?」
「小柳先輩は……あ。あの人、小柳っていうんだけど。とにかく、小柳先輩は重そうな荷物を持っていたから、なにもしない、っていうのはちょっとどうかと思って、家まで代わりに運んだんだよ。そうしたら、お礼にお茶でも……って。断るのも失礼かな、って……つい」
「むぅ……んんんぅー」
若干、鈴の険しい表情が緩んだ。
「誤解なんだ。鈴が考えているようなことは、なに一つない。小柳先輩のことは、なにも思っていない。ただの後輩と先輩。それと、たぶん、友達っていうだけ」
「……でも、それを証明する術はないじゃないですか。直人さんの言葉だけじゃないですか。直人さんが嘘を吐いていたら……私は、それを確かめられません。だって、好きな人の言葉ですもん。信じちゃいますよ……」
いくらか表情は和らいだものの、依然、鈴の口調は鋭い。
咎めるような内容、厳しい表情に、心が痛む。
でも、鈴の態度は当たり前だ。
鈴は、俺が一緒にいてくれるから好きになった、と言った。
一人だったからこそ、隣ににいてくれる人が大事なのだと。
俺は……
そんな鈴を一人にした。
自分はやっぱり一人だったのではないか? と、勘違いをさせてしまった。
……傷つけてしまったと思う。
意図してのことではないといえ、簡単に許されることじゃない。
「うん、俺の言葉でしか証明することはできない。だから、証明にならないのかもしれない。後は……鈴に信じてもらうしかない。もちろん、騙すつもりなんてない」
「……」
「でも、その前に、もう一つ言わせてほしい」
「……なんですか?」
「鈴の好意に応えられるか、応えられないか。正直、そこはまだなんとも言えない。答えを出すのは、まだかかりそうだ。だけど、断言できることはある」
「なんですか、それは?」
「一番の友達は鈴だ」
「……っ……」
「一番大事な人は? って聞かれたら、鈴って迷うことなく答えるよ。色々と複雑な関係だけど、でも、一番は変わらない。絶対的に鈴だ。俺は、それくらいキミのことを大事に思っている」
「……直人さん……」
「だから……ごめんなさい。それと、どうか、仲直りしてほしい。鈴とケンカをしていると、寂しいんだ。他のフレと遊んでも、どこか物足りなくて、落ち着かなくて……鈴に隣にいてほしい」
「それは……」
「改めて、ごめんなさい。もう二度と間違えないとか、そんな重いことを気軽には言えないけど……でも、今以上に注意するよ。それと、なんでもするから許してほしい」
俺はテーブルに手をついて、深く頭を下げた。
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