42話 偶然は必然
「またな」
「はい、また今度! いえ、なんなら今からウチにどうぞ!」
「さようなら」
「ぶー、つれないです」
鈴の門限が近づいてきたので、家の近くまで送る。
鈴はぺこりと頭を下げて、たたたっと駆けて……
途中で足を止めて振り返り、ぶんぶんと笑顔で手を振る。
再び駆けて、やはり足を止めて手を振り、また駆けて……
「また会えるんだから、そこまで惜しむことはないだろう?」
「私は、直人さんと一分一秒でも離れたくないんです! もちろん、夜も一緒です! そして、朝まで一緒です!」
「住宅街でそんなことを強く言わないでくれ」
警察がいないか思わず周囲を探してしまうじゃないか。
「また遊びましょうね♪」
鈴は、やや名残惜しそうにしつつ、今度こそ道の先に消えた。
ここからなら家はすぐそこだ。
以前のような事件が起きることはないだろう。
「さて、俺も帰るか」
「あれ?」
聞き覚えのある声。
しかも、ついさっき聞いた声。
「小柳先輩?」
どんな偶然なのか、再び小柳先輩と遭遇した。
買い物の帰りらしく、スーパーの袋を手に下げている。
「結城君? また会うなんて、すごい偶然だね」
「そうですね。小柳先輩は……買い物ですか?」
「うん。私、一人暮らしだから」
俺と同じなのか。
「荷物、俺が持ちますよ」
「え? そんな、悪いよ」
「けっこう重そうなので、放っておけません。嫌なら諦めますが」
「嫌なんて、そんなことはないけど……うーん、本当にいいの?」
「はい」
「じゃあ……お願いしちゃおうかな? 実は、いつも苦労していたんだ」
てへ、と笑いつつ、小柳先輩はスーパーの袋をこちらに渡した。
そこそこ重い。
でも、そこそこというだけで、大した問題はない。
「どこまで?」
「あ、うん。こっちだよ」
小柳先輩について、夕暮れがかった街中を歩いていく。
「……自転車とか使わないんですか?」
無言もどうかと思い、適当な話題を口にした。
「あはは……実は私、自転車に乗れないんだ……」
「え、マジですか?」
「うん。何度か練習したんだけど、どうにもこうにも……」
自転車に乗れないとか、運動能力も小学生か。
いや。
最近の小学生は普通に自転車は乗れるだろうから、幼稚園……?
幼稚園児の服を着た小柳先輩。
……わりと似合うかもしれない。
「むー……結城君、なにか失礼なことを考えていない?」
「いえ、まったく。これっぽっちも。気のせいかと」
「そうなの?」
「はい、もちろんです」
「そっか、ならいいや」
簡単にごまかせてしまった。
俺が言うのもなんだけど、小柳先輩は人を疑うということを覚えた方がいい。
ちょろすぎるぞ。
「毎回、これだけの量を買うなんて大変ですね」
「今日は特別なんだ。ちょっと忙しくて買い物に行けなくて……その分、買うものが増えちゃって」
「ああ、なるほど。たまにやっちゃいますよね。俺も一人暮らしだから、わかります」
「結城君もなんだ? えへへ、一人暮らし仲間だね♪」
なんで、そこで嬉しそうにするかな?
にっこりと、太陽のような明るい笑顔。
普通の人なら、好意があるのでは? と勘違いしてしまいそうだ。
「結城君がいてくれて助かったよ。ありがとう」
「どういたしまして」
そのまま雑談をしつつ、歩くこと20分ほど。
綺麗なマンションに到着した。
ここまでだな。
荷物を渡して……
「結城君、こっちだよ」
「え? あ、はい」
エントランスに移動した小柳先輩は、笑顔で手招きする。
重いから部屋まで、っていうことなのかな?
俺は問題ないけど……うーん、警戒心がないな。
男を部屋に招くということ、ちゃんと考えているのだろうか?
下手をしたら、困ったことになると思うのだけど……
「小柳先輩」
「なに?」
「俺、部屋まで行っていいんですか?」
「もちろん。ここまで運んでもらっておいて、なんのお礼もなし、っていうのはダメだからね」
お礼もするつもりだったらしい。
「えっと……それ、本当にいいんですか?」
「もちろん。あ、結城君は、この後、なにか予定があった?」
「そういうわけじゃないんですけど……普通、もっと警戒しません? 俺、男ですよ?」
「そうだね」
あっさりと肯定されてしまう。
警戒心がないわけじゃない?
「誰でも部屋に上げるわけじゃないよ。結城君だから、かな」
「そこまで信用されるようなこと、しましたっけ?」
「前と今、助けてもらっているよ」
「……それだけで?」
「十分だよ」
小柳先輩は微笑みつつ言う。
「誰かを助けることができる人は、きちんと相手のことを思いやり、考えることができる人なんだよ。そんな人を疑い、警戒するなんて、どうかと思わないかな?」
「……」
「どうしたの?」
「いえ、なんていうか……」
そんなことを、とても真面目に、本気で言える人がいるなんて。
小柳先輩は、年上だけど子供のような人、という印象だったけれど……
きちんと年上らしいところもあるんだな、と思った。
「はい、ここが私の部屋だよ。どうぞ」
「えっと……お邪魔します」
ここまできたら、逆に断る方が失礼だ。
覚悟を決めて、小柳先輩の部屋にお邪魔するのだった。
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