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38話 名前で

「そういうことなら、私達、そろそろステップアップしませんか?」

「ステップアップ……?」


 思わずうさんくさいものを見る目を向けてしまう。


 他の人が言うのなら、まあ、それほど変なことにはならないのだろうけど……

 宮ノ下が言うと……わかるだろう?

 絶対になにか企んでいる、と疑ってしまう。


「あ、結城さん! 今、変なことを考えましたね?」

「気のせいだよ」

「裸エプロンの私を妄想して、出迎えることを希望しましたね?」

「絶対にない。していない。絶対にするなよ? 絶対だぞ?」

「わかっています。フリというやつですね!?」

「ぜんぜんわかっていない!」


 我が道を行く。

 アイリスらしくあり、宮ノ下らしくもあり……


 やれやれと苦笑するのだった。


「それで、ステップアップっていうのは?」

「名前です」

「名前?」

「私達、オフ会をしてリアルで会うようになって、それなりの期間が経つじゃないですか」

「そうだな」

「それなのに、いつまでも互いに名字呼び。これ、寂しいと思いません?」

「そう言われると……」


 否定できないな。


 実際に顔を合わせたのは少し前だけど、それ以前に、ゲームで1年近い付き合いがある。

 半分、勢いとネタだったとはいえ、ゲーム内で結婚もしている。


 そんな宮ノ下をいつまでも名字で呼ぶというのは、よくないかもしれない。

 俺は平気だとしても、宮ノ下は距離感を覚えてしまうかも。

 一人で過ごすことの多い彼女にとって、それは毒だ。


 今は問題ないとしても、少しずつ毒が浸透して……

 やがて、致命的な問題を引き起こすかもしれない。


 そんなことにならないようにしたい。

 そのための手段の一つが、互いを名前で呼ぶことだっていうのなら、それくらいしてもいいか。


「じゃあ……今日から、名前で呼ぶことにするか?」

「いいんですか!?」

「なんで提案者がそんなに驚いているんだよ」

「だって、結城さんはとてもシャイで照れ屋さんだから。あーだこーだ理由をつけて、断られるかと思っていました。そんなところも可愛いんですけどね♪」

「そんなことは……」


 ……ない、とは言い切れないか。


 相手が宮ノ下だから、というのはあまり関係ない。

 俺はただ、女性と距離を詰めることが苦手なのだ。


 だから、下手をしたら宮ノ下が言うように、ごまかして逃げていたかもしれない。


「……そうだな」


 いい加減、逃げるのは止めにしないとな。


 過去の失敗は取り消すことはできない。

 だからこそ、今、目の前のことからは逃げないようにしよう。


「俺は問題ないよ。宮ノ下は?」

「もちろん問題ありませんっ!!!」


 ものすごい食い気味に答えられた。

 よほど望んでいたのだろう。


 ここまでか、と思うと、今まで引き伸ばしていたことを少し申しわけなく思う。


「じゃあ、まずは私からですね」


 緊張しているらしく、宮ノ下は正座をして、背筋をピンと伸ばす。

 何度か咳払い。

 それから、そっと小さな唇を開いた。


「……直人さん……」


 甘く、ささやかれるような言葉。

 それでいて情熱的で、とろけるような響き。


 軽くではあるものの、背筋がゾクッと震えてしまう。


「えっと……えへへ♪ なんだか、すごく照れちゃいますね。はぅ、顔が熱いです……ただ名前を呼んだだけでこうなっちゃうなんて、なんていうか、こう……恋ってすごいですね!」

「そんなに照れて、この先、ちゃんと呼べるのか?」

「そこは、えっと……少しずつ慣れていきます! だって、その……直人さん、って……名前で呼びたいですから」


 まだ照れていた。


 顔は赤い。

 瞳は妖しく潤んでいる。

 視線も少し逸らしていた。


 それでも、宮ノ下は喜びのオーラに包まれていた。

 ふにゃりという笑み。

 幸せいっぱいという感じで、見ているだけでこちらの心もくすぐられてしまう。


「では、ゆう……直人さんもどうぞ!」


 期待に瞳をキラキラと輝かせつつ、宮ノ下がこちらを見た。

 その姿は、餌を前に待てをされた犬のようだ。


「えっと……」


 ……いざとなると緊張するな。

 宮ノ下の気持ちがよくわかる。


 軽く深呼吸。

 そうやって心を整えて、そっと、彼女の名前を口にした。


「……鈴……」

「ふぁっ……!?」


 名前を口にした瞬間、宮ノ下はびくん! と震えた。

 そのまま脱力して、ぐでーん、という感じで床の上に転がってしまう。


「だ、大丈夫か……?」

「だ、大丈夫れすぅ……いえ、やっぱりダメかもしれませぇん……」


 酒に酔っているような感じで、宮ノ下はふらふらのふわふわになっていた。


 こちらを見て、


「……っ……」


 慌てた様子で視線を逸らす。


「どうしたんだ? ものすごくおかしいように見えるんだけど」

「えっと、その……私、今、変な顔をしていませんか?」


 そう言う宮ノ下は、両手で顔を隠そうとしていた。

 その指の隙間から、にへら、と嬉しそうな笑顔が見え隠れしている。


「鈴、って呼ばれたら、なんかもう、笑顔が止まらなくて止まらなくて……あー、私、今、絶対に変な顔をしていますよぉ」

「確かに」

「肯定しないでくださいよ!? 否定してください! キミはいつでも可愛い私の天使だよ、とか言ってください」

「……そういう趣味なのか?」

「いえ、ちょっと適当言いました。逆に、そこまで言われたら、ちょっと引くかもしれません。うわー、キザすぎるわー、って」

「わがままだな」

「でもでも、キザな直人さんもいいかもですね……あ、想像したら、イケてきたかもしれません。やってみません?」

「なんでもありだな」


 話しているうちに落ち着いてきたらしく、宮ノ下は起き上がる。


「なにはともあれ……これからは名前呼びですね。ふふ♪」

「そんなに嬉しいのか?」

「もちろんです。だって……また一歩、直人さんの心に近づくことができたじゃないですか。たかが名前呼び、されど名前呼び。とても大事なことですよ」

「まあ、そう言われると……」

「まずは名前。次は……ふふふ♪ このまま直人さんの色々なところを絡め取り、全部、ぜーーーんぶ、私のものにしてあげますからね♪」

「……お手柔らかに頼むよ」


 そう遠くない将来、本当にその通りになりそうだから怖い。


 恋する乙女は無敵だなあ……

 小学生ともなると、さらに無敵だなあ……

 なんて適当なことを考えて、思わず目の前の現実から目を逸らしてしまう俺だった。

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さらに新作を書いてみました。
【おっさん冒険者の遅れた英雄譚~感謝の素振りを1日1万回していたら、剣聖が弟子入り志願にやってきた~】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
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