32話 一連の事件に決着を
3時間経ったところで、俺と宮ノ下はラブホテルを後にした。
もちろん、なにもしていない。
普通におしゃべりをしていただけだ。
人目を避けるように移動する。
犯人を誘い出す、という目的もあるが……
見られたくない、というのも事実だ。
小学生とラブホテルから出てきた、なんてところを見られたら、事案だからな。
言い訳なんて不可能だ。
幸い、誰にも見つかることはない。
ある程度離れたところまで移動することができた。
ただ……
「……」
細い路地。
スーツ姿の男が行く手を塞ぐ。
血走るような目で俺を睨みつけて、小声でぶつぶつとつぶやいていた。
その手には、刃を出したカッターナイフが握られている。
「ひっ……」
宮ノ下が怯え、一歩、下がる。
本能的に、この男がストーカーであることを察したのだろう。
「お前、お前、お前……よくも僕の彼女に、よくも僕の……!」
「宮ノ下はお前のものなんかじゃない。俺のものだ」
「っっっ……!!!!!」
煽りは完璧。
こちらに完全にヘイトが向いた様子で、男は歯をギリギリと噛み鳴らしていた。
宮ノ下にだけ聞こえる声で言う。
「……宮ノ下、下がって」
「……でも」
「……大丈夫。俺を信じてくれ。これも作戦の内、というか想定内だ」
「……はい、わかりました。でも、本当に気をつけてくださいね?」
宮ノ下が後ろに下がる。
男は気にした様子はなくて、俺だけを睨み続けていた。
ターゲットを完全に俺に固定したらしい。
よし。
これで、宮ノ下が巻き込まれる可能性は低くなった。
あとは、こいつをぶん殴るだけだ。
「うあぁああああああっ!!!!!」
男は獣のように吠えて、でたらめにカッターナイフを振り回してきた。
素人は刃物の扱いに慣れていない。
だから振り回すことしかできないだろう。
本来なら刺すことが一番殺傷性が高いのだけど、素人故に、その考えに至ることができない。
ということをマスターに教えてもらった。
……いったい、どこでそんな情報を手に入れたんだろうな?
「よい……せっ!」
「!?」
肩にかけていた鞄を持ち、フルスイングだ。
相手が刃物を持ち出してくることは予想していた。
ただ、せいぜいがカッターか包丁だろう。
刀なんていうリーチの長い得物を持っている可能性は低い。
だから、鞄を武器にすることにした。
中に雑誌などを入れて重くして、こうして振り回せば立派な鈍器になる。
リーチもある。
俺の考えは見事にうまくハマり……
ゴンッ! と鈍い音がして、鞄が男の胴体にヒット。
ただ、まだ倒れていない。
だけど、もう終わりだ。
男がよろめいたところで……
「ひぎっ!?」
思い切り股間を蹴り上げてやった。
こちらは先輩の入れ知恵だ。
男の絶対的な弱点で、そして、わりと狙いやすい。
一撃やれば、大抵は立ち上がれなくなる、とのこと。
それは、まあ、俺もよく理解しているが……
先輩は、実際にやったことがあるのだろうか……?
「……」
かなりいいところに入ったらしく、男は泡を吹いて倒れた。
ぴくぴくと痙攣しているところを見ると、死んではいないみたいだ。
潰れているかもしれないが……まあ、自業自得だ。
どうなろうと知らん。
今のうちに、あらかじめ用意しておいたガムテープで手足を縛る。
「よし」
なんとかなった。
後は警察に通報するだけだ。
っと。
その前に、宮ノ下は大丈夫だろうか?
彼女に危害は及んでいないが、目の前で軽い乱闘だからな。
怯えているかもしれない。
「宮ノ下、大丈夫か?」
「……」
「宮ノ下?」
なぜか宮ノ下は震えていた。
最初は怯えているのかと思ったけど、どこか様子が違う。
拳をぎゅっと握りしめて……なんだか怒っているみたいだ。
そんなことを思った時。
宮ノ下は顔を上げた。
涙目。
その状態でこちらを睨みつけて、手を振り上げて……
パチーンッ!
頬をはたかれた。
「宮ノ下……?」
たいして痛くない。
でも、それよりも宮ノ下に叩かれたという事実が重い。
「バカ! 結城さんのバカっ、バカバカバカ!」
「えっと、なにを……」
「なんで、あんな無茶をしたんですか!? 刃物を持った人に立ち向かうなんて……下手をしたら、大変なことになっていたじゃないですか! ばかっ! あほっ!」
「いや、それは……心配させてごめん。でも、ああしないと……」
「私、言いましたよね? 私のために色々してくれることは嬉しいけど、でも、絶対に無茶はしないでください……って。結城さんに危害が及ばないようにしてください、って。そういうところを気をつけてください、って」
「それは……」
「でないと、私、怖くて悲しくて……もう、結城さんがどうにかなっちゃいそう、って……うっ、うううぅ……ひっく、ぐすっ……」
ぽろぽろと涙がこぼれていく。
宮ノ下は手の甲でそれを拭うものの、でも、次から次にあふれて止まらない。
そんな宮ノ下の姿を見て、俺は、深く反省した。
宮ノ下のため。
ストーカーを退治するため。
でも……
そのために彼女を泣かせていたら意味がない。
悲しませていたら本末転倒だ。
なにをしているんだ、俺は?
「……ごめん」
宮ノ下を、そっと抱き寄せた。
それから、頭をぽんぽんと撫でる。
「心配をかけてごめん。本当に悪かった、反省している」
「うぅ……うううううーーーーー!」
宮ノ下は、俺のお腹の辺りに顔を埋めて……
それから、両手でぽかぽかと叩いてきた。
痛くない。
痛くないけど……でも、すごく痛い。
「本当にごめん……」
「ばか、ばか……あほぉ、ばかぁ。ダメダメですよぉ……えっぐ、ひっく」
「うん。ばかだな、俺は」
でも……
「どうしても、宮ノ下を助けたかったんだ。ストーカーに怯えるような日々は終わりにしたくて、本当の笑顔を取り戻したくて……だから、つい無茶をした。ごめん」
「言ったじゃないですか……それで結城さんがどうにかなったら、意味がない、って……うぅ、うぅ……ぐすっ」
「反省しているよ。猛省だ。ごめんなさい」
「やだ、許さないです……」
「どうしても? 絶対に許してくれない?」
「……じゃあ、婚約してください。約束破ったから、そうしてください」
「えっと……」
「嘘です。それは、もう……いいです。ただ……」
宮ノ下は泣き止み、赤くなった目をこちらに向けた。
ちょっと痛々しい。
それでも、彼女は柔らかく笑う。
「もうちょっと、ぎゅってしてほしいです」
「これでいいか?」
言われるまま、宮ノ下を抱きしめた。
優しく。
そっと。
大事な宝物を扱うように、静かに抱きしめた。
「……結城さん、温かいです。ちゃんと生きていますよね?」
「もちろん」
「なら……いいです。あ、抱きしめるのは、あと10分はお願いします」
「わがままだなあ」
「今の結城さんは、私の命令に従う義務がありますよ。でないと、結城さんにえっちないたずらされた、って叫びます」
「やめてくれ、社会的に死んでしまう」
「なら、このままです。にひひ♪」
調子が戻ってきたようだ。
なによりだけど……
ただ、それなりの騒動だったから、いつ誰かに見られないかとヒヤヒヤしている。
「大丈夫ですよ」
俺の心を読んだかのように、宮ノ下が言う。
「誰かに見られたら、その時はちゃんと説明します。結城さんは恋人です、って」
「おい」
「ふふ、冗談です♪ 今はまだ……ううん、なんでもありません」
宮ノ下が笑い、俺も笑みを返した。
よかった、この笑顔を守ることができて。
安堵しつつ、警察に連絡するためスマホを取り出した。
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