30話 信じられないから
振り返ると、すぐ近くに車が停車していた。
運転席の窓を開けて、二十代後半くらいの男性が顔を出す。
「どうしたんだ、やけに早いな?」
「……先生……」
ということは、この人は宮ノ下の担任?
「それと、そっちの子は……」
「ちょっと落とし物をしてしまって。それで、こちらの親切な人が探すのを手伝ってくれたんです」
宮ノ下はそう言いつつ、俺にだけ見える角度で、パチリとウインクをした。
その意図を察した俺は、小さく頷く。
「はい。この子が財布を落として、小銭をばらまいてしまっていたので、それで……」
「ああ、なるほど。うちの生徒がお世話になりました。あ、私はこの子の通う学校の先生です」
「俺は……」
「先生、そろそろ時間じゃないんですか? 先生は、生徒よりも早く行かないとダメなんですよね?」
「あ、あぁ、そうだな……じゃあ、また後で。気をつけて登校するように」
「はい」
車が立ち去る。
宮ノ下は、それを笑顔で見送り……
「はぁ」
完全に視界から消えたところで、疲れたようなため息をこぼす。
「宮ノ下、今のは……」
「私のクラスの先生です。大人だから、というか……ちょっと心配性なところがある、というか……なので、今のような対応を」
つまり……
要約すると、友達と違い、宮ノ下は先生のことを信用していない……と、いうことになるのだろうか?
ふむ。
今、とても大事なことに触れたような気がする。
「結城さん、ここでお別れしましょうか」
「大丈夫か?」
「さすがのストーカーも、こんな朝から……しかも、人がたくさんいるところで襲ってくることはないかと。それよりも、これ以上一緒にいたら、さすがに、結城さんにとってまずい事態になるかもしれません。今みたいに」
「俺は……それでも構わないよ」
「え」
自然と、そんな言葉が口から飛び出していた。
「宮ノ下のためになるのなら、俺は、俺のことを気にしないよ」
「……」
宮ノ下の頬が朱に染まる。
ぽーっとした感じでこちらを見つめて。
それから、はっとした様子で視線を逸らす。
「そ、そういうことを突然、口にするのは……反則、です」
「え、どうして?」
「……かっこよすぎるから、見惚れてしまうじゃないですか」
「それは……ごめん?」
「もうっ、もうっ。結城さんは、まったくわかっていませんね! 私がどれだけ、結城さんに目を取られて、意識をとられて、気を取られて、見惚れてしまうのかと!」
それは、さすがにわからない。
むしろ、わからない方がいいと思う。
他人の好意を明確に、己のことのように感じ取ることができるとか……
それはもう、極端ではあるが、呪いに近いと思う。
「ただ……」
「ただ?」
「そのような無茶は、絶対にしないでください」
「そう言われても、な……」
恋愛対象かどうか、それはさておいて……
宮ノ下は大事な友達だ。
彼女のためなら、ある程度、この身を危険に晒す覚悟はある。
不利益を被ったとしても構わないと思う。
それは本心なのだけど……
ただ、宮ノ下はそれを望んでいないらしい。
どこか寂しそうに、悲しそうに言う。
「大好きな人が私のためにがんばる。それは、とても嬉しいことですけど……でも、そのせいでその人が傷ついたら、私は、とても悲しいです……」
「……あ……」
「だから、お願いします。あまり無理はしないでください」
宮ノ下の真摯な想いを感じた。
そっか。
そうだよな。
俺が宮ノ下のことを考えるように、宮ノ下も俺のことを考えてくれているんだ。
俺が辛い思いをすれば、宮ノ下も辛くなるだろう。
今の俺達は、想いは一方通行じゃない。
ある程度は、双方通行というか、行き来している状態だ。
俺一人の想いを押しつけるようなことをしてはいけない。
「そうだな、その通りだ。間違える前に、考えを正してくれてありがとう」
「い、いえ……」
宮ノ下は、慌てた様子で手を横に振る。
「結城さんは、私のことを心配してくれているのに……それなのに、私の方こそ、生意気を言ってすみませんでした」
「生意気なんてこと、そんなことは全然ないよ。むしろ、言ってくれてよかった。ありがとう、宮ノ下」
「……どう、いたしまして」
宮ノ下はうつむいてしまう。
その耳はりんごのように赤い。
照れているのかな?
「とりあえず……約束するよ。できる限り、無理はしない」
「できる限り、なんですか?」
「宮ノ下に危険が迫っていたら、さすがに約束通りにはできない。無茶をすると思う」
「もう、結城さんは……」
「でも、そうならないように努力するし、前もって相談もする。そこは、約束するよ」
「……はい、約束してください」
宮ノ下は、優しく微笑みつつ、小指を差し出してきた。
「約束をしましょう」
「指切り?」
「はい」
今時、と思うものの……
でも、ある意味で、宮ノ下らしいかもしれないな。
小指と小指を絡ませた。
「指切りげんまん」
「嘘吐いたら」
「婚約しましょう♪」
「なんか違う!」
「はい、指切った。約束しましたよ?」
「なんか騙された気がするな……」
「はてさて、なんのことやら」
すっとぼけてみせる宮ノ下。
やっぱり、彼女は小悪魔だ。
でも、まあ。
そんな宮ノ下は、とても大事な友達だ。
絶対に守りたい、って思う。
だから……
さっき、得た違和感について考えよう。
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