21話 おいしい
「んー、我ながら上出来ですね。美味しいです」
宮ノ下は、改めてチャーハンを食べる。
自分でも満足のいく出来だったらしく、にこにこ笑顔だ。
「宮ノ下は、よく自炊するのか?」
「半々くらいですね。面倒な時は、コンビニとか出前で済ませてしまうこともありますよ。パパとママから食費はもらっているので。でも、結城さんと知り合ってからは、よく自炊するようになりました」
「どうして?」
「いつか結城さんに手料理をごちそうしたいと思っていたので。そのための練習です」
「えっと……」
「他にも、手芸とか掃除テクニックとか、色々と学んでいますよ? いわゆる、花嫁修業ですね」
「……」
反応にとても困る。
「おやおや? もしかして、照れていますか? 花嫁姿の私を想像しちゃいましたか? それとも、新婚生活を? くふふ、可愛いです♪」
「そんなことはない」
「えー、本当ですかー? ちょっとこっち向いてくださいよ。顔が赤いかどうかチェックしますから。ほーら、ほらほらぁ」
「子供か」
「子供ですぅ」
ダメだ。
宮ノ下に口で勝てる気がしない。
「でも、今日はいつも以上に美味しい気がします」
「特別うまくいった?」
「いえ、そういうわけじゃないですね。普段の練習に比べると、まあまあ、というレベルです」
「なら、どうして?」
「決まっているじゃないですか」
宮ノ下は小さく笑う。
「結城さんと一緒だから、ですよ」
その言葉を簡単に捉えるなら、好きな人と一緒だから、という意味。
でも……
俺は、別の意味で捉えていた。
宮ノ下の両親は共働きで遅くまで働いている。
それは、宮ノ下も納得しているのだろう。
賢い子だ。
仕事だから仕方ないと、割り切っている。
ただ、それでもまだ子供なのだ。
親と一緒にいられず寂しいはずだ。
一人のご飯を続けて、孤独を感じているはずだ。
だから今、誰かと一緒に食べるご飯を楽しんでいるのだと思う。
「……また作ってもらってもいいか?」
気がつけば、俺はそんなことを口にしていた。
「え」
「えっと……宮ノ下の料理は美味しいからさ。これきり、っていうのはもったいないな、って。あ、もちろん材料費は払うから」
「……」
「ダメ……か?」
「いいえ! とんでもない!」
ものすごく食い気味に答えられた。
「私も、これきりにするなんて寂しいと思っていましたからね! どうやって二度目、三度目に繋げていくか、頭の中で108通りくらいのパターンを考えていたところです!」
「考え過ぎだろ」
「それなのに、まさか、結城さんの方から言ってくれるなんて……これはもう、結婚ということでいいですね!?」
「だから、できないから」
「なぜ!?」
「法律のせい」
「くううう、日本に生まれたことが恨めしい。あ、でも、そうでないと結城さんと出会っていないわけで……やっぱり、今のなしです!」
「元気だなあ」
この子、素直にすごいな。
なにがなんでも諦めず、めげないところは見習いたい。
「まさか、結城さんの方から言ってくれるなんて……えへへ。惚れました?」
「それはない」
「好感度はプラスですよね?」
「ゲームのように言われてもなあ……」
「最大100で、30くらいプラスされましたよね?」
「3かな」
「低い!?」
「がんばれ」
「ぶー、いけずぅ」
拗ねられても困る。
大事な友達で、ちゃんと告白を考えないといけないのだけど……
でもやっぱり、今のところ、まだ友達なのだ。
その後、雑談をしつつチャーハンと中華スープを完食した。
食器用洗剤とスポンジを手にシンクの前に立つ。
「洗い物くらい、私がやりますよ?」
「なんでもかんでも任せていたら申しわけないよ。俺は料理はうまくないから、代わりにこれくらいはさせてくれ」
「んー……愛の共同作業みたいで、それはそれでアリですね!」
「変な呼び方をするな」
「事実を言ったまでです」
共同作業の部分しか合っていない。
「じゃあ、私はちょっと部屋に戻っていますね。10分くらいしたら戻ってくるので」
「りょーかい」
宮ノ下を見送り、食器を洗い始める。
シンクも部屋と同じく広い。
二人並んで作業ができそうなくらい。
「……でも」
ここに立つのは、いつも宮ノ下一人なんだろうな。
ふと、そんなことを思い、複雑な気持ちになった。
「本人は納得しているんだろうけど、なんていうか……はぁ」
俺が口を出すべき問題じゃない。
それでも気になってしまう。
……色々とままならないな。
「……っ……」
「宮ノ下?」
上の方から、わずかに宮ノ下の声が聞こえてきた。
それは、まるで悲鳴のよう。
洗い物で濡れた手を拭いて階段を上る。
えっと……宮ノ下の部屋はここか。
プレートが下げられていた。
「宮ノ下? どうかしたのか?」
「あ……ゆ、結城さん……」
怯えている?
いったい、なにが……
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