20話 お呼ばれされました
「楽しかったですね!」
土曜日。
宮ノ下と一緒に水族館に行ってきた。
電車で移動しなければいけないが、だからこそアリだ。
電車を使うとなれば、ストーカーも気軽に追ってこれないかもしれない。
休みくらいは気を抜いてほしいと思い、少し遠くの水族館に誘ってみた、というわけだ。
海の生き物って、よくわからないけど癒やし効果があるからな。
今の宮ノ下にはいいんじゃないか? と思い誘ってみたけど、成功だったみたいだ。
「はぁあああ……カニ、かわいかったです」
「ずっと見てたけど、そんなに?」
「すごくすごくかわいいです! あのつぶらな瞳。ゆっくりと動く横歩き。そして、食べてもおいしい。最強ですね!」
「最後のは、ちょっと非情というか、残念な感想だな……」
「でも、おいしいですよ?」
「それは否定しないけどさ。なんかこう、もっとマシな感想が欲しい」
「なら……食べちゃいたいくらい可愛いです、結城さんと同じで♪」
「それもよくない感想」
「むぅ」
元気になったみたいでよかった。
最近は空元気というか、ちょっと無理をしてた感があったからな。
今は、一時的なものかもしれないけど、いつもの明るい笑顔だ。
「結城さん。よかったら、この後、一緒にごはんを食べませんか?」
「いや。時間的にもうダメだろう」
すでに日が傾いている。
宮ノ下の家に着く頃には、だいぶ暗くなっているはずだ。
「いえいえ、それは私もわかっていますよ? さすがに、これ以上の無茶というか、わがままは言いませんよ。私が言いたいのは、私の家で、というご提案です」
「宮ノ下の?」
「こう見えて、私、料理が得意なんですよ」
「いや、でもな……」
いきなり家に行くとか、ダメだろう。
「大丈夫ですよ。パパもママもお仕事でいませんから」
「余計にダメな気がするが……」
「なにをしても大丈夫ですよ? し放題ですよ? ふふっ♪」
「帰る」
「あああああ、待ってくださいいいいい」
必死にすがりついてきた。
「冗談です、冗談。いえ、半分……九割くらい本気でした」
「言葉通り、本当に本気だろうから困る」
「えっと、その……もうちょっとでいいから、一緒にいてくれませんか?」
宮ノ下は俺の服を掴んで、上目遣いでこちらを見る。
その瞳は不安で揺れていた。
俺はバカか。
明るさを取り戻した、っていうのは間違いだ。
俺をがっかりさせないように、そう振る舞っていただけ。
あるいは一時的なもの。
一人になれば気が沈んでしまうのは当然だ。
はあ……
こんな子供に気を使わせるとか、情けない。
「わかった、いいよ」
「やった♪」
宮ノ下に案内してもらい、家の中へ。
広い。
開放感たっぷりで、ついついリビングを散策してしまいたくなるほどだ。
「適当に座って待っていてくださいね」
「あ、ああ……」
宮ノ下って、お嬢様なんだな。
「結城さんは、なにかダメな食べ物はありますか?」
「食べ物ってカテゴリーか微妙だけど、肉の脂身とかはちょっときつい」
「あまりコテコテしたものはダメ、っていうことですね? りょーかいです。では、ちゃちゃっと作るので、ちょっとまっててくださいね」
宮ノ下はエプロンをつけてキッチンに移動した。
ほどなくして、包丁がまな板を叩く音が聞こえてくる。
軽快なリズムで料理慣れしていることが窺えた。
俺も手伝った方がいいかな?
いや。
大したものを作れない俺が参加しても、足を引っ張るだけだろう。
片付けなどで貢献しよう。
そう決めて、俺は適当にスマホのゲームを開いた。
――――――――――
「おまたせしましたー!」
宮ノ下は、チャーハンと中華スープを作ってくれた。
どちらもすごく良い匂いがして、とても美味しそうだ。
「「いただきます」」
一緒に合唱して食べる。
「……おぉ」
「どうですか? どうですか? 私の愛をいっぱい注ぎましたよ♪ 美味しい料理の決め手は愛情です! ニに愛情で、三に愛情です!」
「愛はともかく……うん、すごく美味しい」
「ボケがスルーされました、切ない……でも、そんな結城さんも好き♪」
「ホント、めげないな」
ご飯はパラパラに炒められていて、卵が一粒一粒にしっかりとコーティングされている。
具は、ネギと厚切りベーコンの細切りとかまぼこ。
シンプルだけど、それが逆にいい。
ふわりと香る醤油の匂いが食欲をそそる。
「これ、すごい本格的だな……町中華で出てきそう」
「ふふーん、もっと褒めてくれてもいいんですよ? ほら、ほら」
「すごい、ものすごく美味しい」
「えへへ」
「プロ並。いや、プロを超えた」
「えへへへーーー」
「これは店を出せる。お金を取れるレベル」
「……むー」
ご機嫌だった宮ノ下が、突然、不満そうに頬を膨らませた。
「そういう賛辞だけじゃなくて、他にもこう、あるでしょう?」
「うん?」
「ほら。こういう時の定番。いいアレになれるよ、っていう」
「あー」
宮ノ下がなにを望んでいるのか理解した。
理解したが……
それを口にするというのは、うーん。
「……毎日食べたいくらい」
「えへへ♪ はい! もちろん、毎日作ってあげますよ? あ・な・た♪ きゃ!」
「前言撤回」
「えーっ、なんでですかー!? こんなに可愛い子が、毎日、美味しいごはんを作ってあげる、って言っているのに!」
「なんか、薬をもられそうで怖い」
「そんなことしませんよ……たまにしか」
「おい」
「えへっ♪」
笑ってごまかされてしまう。
なんだかんだ、いつでも宮ノ下は小悪魔なんだなあ、と改めて実感する。
「大丈夫、私も盛りますから」
「自爆じゃないか」
「媚薬です」
「俺を巻き込むな」
「本当のメインディッシュは私です。おいしく召し上がれ♪」
「返品で」
「なんでですかー!?」
この笑顔は本当のもので……
しばらくの間、楽しい時間を過ごすことができたのだった。
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