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18話 覚悟はあるか?

「……っていうことがあったんですよ」


 次のバイトの日。

 お客さんが途切れたところで、宮ノ下のことをマスターと先輩に相談してみた。


「小学生ちゃん、まさか、そんなことになっているなんて……」

「僕としては、結城君がそんなことになっていたなんて、という驚きの方が強いのだけどね」

「えっと……すみません、マスター。黙っていて」


 宮ノ下のことはマスターには説明していなかった。


「いや、かまわないよ。内容が内容だからね。隠しておきたい気持ちはわかるさ」

「ありがとうございます」

「で、ストーカーの問題だね。ない、と楽観的に考えるよりは、いると仮定して考えた方がいいだろうね」

「そうね。なかったら笑って済ませられるけど、そうでない場合は……もしかしたら、最悪の事態になるかもしれないわ。用心するに越したことはない」


 最悪の事態。

 本当に最悪の想像が思い浮かびそうになって、慌てて打ち消した。

 そんなこと、想像でも考えたくない。


「警察に頼るのは難しいけど、でも、まったくの無力っていうわけじゃないわ。巡回を強化してくれるだけでも、ありがたいと思う。他にも、なにかアドバイスをくれると思う。成果がゼロってことはないから、相談はするべきね」

「なるほど」

「それと、防犯ブザーは簡単に使えるところにつけて、通学用と外出用とか、複数用意した方がいいわ。音はできる限り大きいもの。それと、使ったらすぐに逃げることを教えるの」

「ふむふむ」

「あと、熊よけのスプレーを携帯しておきましょう。いざという時、撃退できるかもしれない」

「それ、アリなんですか……?」

「本当はダメだけどね。でも、小学生ちゃんはいたずらをするような子に見えないし、今は、身の安全が一番よ。熊よけスプレーで犯人がどうにかなっても、自業自得よ」

「まあ、確かに」


 色々とタメになる話だ。

 先輩に聞いてよかった。


「あとは、人気のないところを一人で歩かない。知らない人についていかない……とか、そういう基本をしっかりと教えること。基本だから当たり前だろう、って思うかもしれないけど、小学生からしたら知らないこともわりと多いわ」

「すごくタメになるんですけど……先輩、やけに詳しいですね?」

「将来、保育園で働こうと思っているから。子供について調べているうちに、自然とね」


 そういえば、先輩は子供好きだっけ。

 子供が来店すると、マスターに内緒でサービスしてしまうくらいだ。

 後で発覚しても開き直る。


 まあ、サービスが良い店と評判になり、後々の売上に繋がっているのでマスターも苦笑しつつ許している状態だ。


「あとは、しっかりと結城君が守ってあげること」

「そう……ですね」


 ただ、少し迷う。


「俺が一緒にいることで、相手を刺激しないですかね?」

「その可能性はあるね」


 マスターにあっさりと肯定されてしまう。


「ストーカーは、まず、対象に執着心を向けるからね。ただ、その周りに別の男性がいるとなると、そちらを排除しようとする。彼女に害を成すから、というような思い込みで」

「……」

「だから、被害者を守るという点では有効だね。矛先を逸らすことができる。つまり、身代わりだよ」


 マスターは淡々と、しかし、とんでもないことを語る。


 要は、俺に宮ノ下を守る盾になれ、ということだ。


「それが僕が提案できることだけど、どうかな?」

「やります」

「……即答だね」


 今度はマスターが驚いていた。


「それは、彼女に対する好意から?」

「友達としての好きはありますけどね。異性としての好きは、まだなんとも」

「なら、どうしてだい?」

「友達だからこそ、ですよ」


 命を賭けるとか、そんな大層なことは言えないけど……

 でも、友達が困っているのなら、なんとかしたい。

 俺にできることがあれば、やりたい。


 ただ、それだけのことだ。


「なるほど。素敵な答えだ」

「結城君らしいね」


 マスターと先輩は笑顔に。


「ただ、今の話は対処法にすぎないから、根本的な解決は難しいわ。ストーカーを説得しても、普通に考えてやめてくれないだろうし……」

「なにかしない限り、逮捕というのも難しいからね」

「なにも起きないように、できる限り宮ノ下と一緒にいる……が、今の最善なんですね」


 もどかしい。


 犯人を誘い出して、犯行に及んだところを捕まえる……なんて、創作の世界ではわりと定番だと思う。

 ただ、下手をしたら宮ノ下が危険に晒されてしまう。

 失敗なんてできないので、無理だ。


 それと、うまく撃退できるとも限らない。

 逆にこちらが叩きのめされてしまう可能性もある。


 全ては可能性の話だけど、失敗=宮ノ下に危険が及ぶ、となると慎重にならざるをえない。


 なにかするとしても、もっと情報を集めてからだ。

 そして、確実に成功する、というところまで来てから。


「でも、困りましたね」

「なにがだい?」

「宮ノ下と一緒にいるのはいいんですけど、どこで合流したものか」


 小学校まで迎えに行きたい。

 ただ、高校生が毎日、小学校に現われる。


 事案じゃないか。


 小学校に事情を説明して理解を求めるか?

 いや。

 それだと、俺と宮ノ下の関係も説明しないといけないから、どちらにしても事案だ。

 兄妹という嘘を吐いてもすぐにバレる。


「なら、ここを使えばいいんじゃないかしら?」

「え?」

「『アマリリス』なら、小学生ちゃんが通う学校から近いわ。大通りに面しているから人も多いし、ここに来るまでになにかある、ってことはないと思う」

「でも、さすがにそれは……」

「迷惑なんてことはないわよ」


 それ、先輩が答えていいことなんですか?


「僕としては問題ないよ」

「えっと……」


 少し考えて、それがベストのような気がした。


「じゃあ、お願いします」

「うん、任された」


 マスターは優しく笑う。

 とても頼りになる笑顔だ。


 それに、先輩にも色々なことを教えてもらった。

 感謝しかない。


 よし。

 マスターと先輩の恩に報いるためにも、絶対に宮ノ下を守ろう。

 それが、俺が今やるべきことだ。

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さらに新作を書いてみました。
【おっさん冒険者の遅れた英雄譚~感謝の素振りを1日1万回していたら、剣聖が弟子入り志願にやってきた~】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
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