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結婚式の準備

 一馬とシャロは、ルルを連れてサランの町に来ていた。

 ルルは籠に入れられ、布で隠されている。


「何度来ても懐かしいなあ」


 シャロがしみじみとした口調で言う。


「結婚式の日取りも考えておけよー」


 一馬は、両手を後頭部で組みながら言う。


「特に希望はないんだけどね。皆の用事もあるからなあ」


「皆それぞれの管轄に戻っちゃって遠距離で予定のすり合わせしなきゃならないからな。不便だよな」


「まあ国を守ってるってことだよ」


「んだな」


 二人して、サランの町を歩く。

 レンガ造りの趣のある町だ。

 その奥に、シャロのかつて過ごした家はあった。


 シャロが鍵を入れ、中に入る。

 そして、ルルを小さな箱の中に移した。

 ルルは箱から顔を出し、威嚇するように唸る。

 シャロは猫モードになり、その隣に入り込んだ。


 ルルは再び唸る。

 しかし、シャロはルルの鼻を舐めた。

 ルルの警戒態勢はしばらく解かれなかったが、そのうち戸惑うような様子になった。


「……なんでだろう。懐かしい気がする」


 ぽつり、とルルが呟いた。


「そりゃ、何ヶ月も一緒にここで寝てたんだもの」


 シャロは苦笑交じりに言う。


「あなたの言うこと、全部信じたわけじゃない」


 ルルはそこで、言葉を切った。

 そして、しばしの沈黙が流れた。


「けど、なんでだろう。ここにいると、顔も知らぬ母を近くに感じる」


「今は、それでいいよ。いつか全部思い出してほしいけど」


「猫って忘れっぽいんだよ」


「それでも、思い出すよ。きっと」


 ルルは箱の中で寝転んだ。

 シャロは、その体を舐めて毛繕いする。

 猫二匹の平和な昼下がりといった感じだ。


(本当にこの小動物と結婚するんだな、俺……)


 あんまり猫モードにはなってほしくない一馬なのだった。



+++



 ルルは、一馬達の村で放し飼いされることになった。

 不吉とされる黒猫だが、村の住人も一馬達の趣味と言われたら納得せざるをえなかったようだ。


 そして、一馬は畑仕事の合間に、知人達に招待状を送る。

 ほぼ全ての人間が参加を約束した。

 来れないのは、皇帝の護衛をしている新十郎である。


 外では、遥が木剣を振っている。

 最近、遥は少しおかしい。明らかにオーバーワークだし、木剣を振っている時以外はぼんやりとしていることが多い。


 一馬は一馬で、そんな姿を見ていると追いつかれそうだなと危機感を抱いたりもするのだが。

 実力差ができたとはいえど、遥はまだ一馬の良きライバルだった。


「猫耳どうするかにゃあ」


 猫モードのシャロが顔を洗いながら言う。

 手を舐めてそれで顔をこするのを繰り返すのだ。


「うーん。隠さなくてもいいんじゃないか」


「私が隠したいにゃ」


「ふむ」


 一馬は紙の上を指で軽く何度も叩くと、結論を出した。


「ちょっと帝都に行ってなんかいい手がないか聞いてくるわ」


「頼むにゃ。ついでに寸法測ってウェディングドレスも見立ててきてほしいにゃ」


 かくして、一馬は再び帝都に行くことになったのだった。

 最近なまっている。畑仕事で体を使っているが、戦闘訓練とは遠ざかっている。

 そう思った一馬は、不条理の力を使って全速力で帝都に向かうことにした。


 不条理の力で見えない壁を作り、さらに脚力を強化し、空中を高速移動する。

 馬の全速力をも超える速度。

 息を切らしていて、気がつくと周囲は真っ暗になっていた。

 一馬は、帝都に辿り着いた。


 結城の家を訪ねると、歓迎を受けた。


「いよいよお前も年貢の納め時だな」


 結城は愉快げに言って、酒を飲む。既に少し酔っているようだ。


「まあ、そうだと言えばそうですね」


 一馬は曖昧に相槌を打つ。


「皇帝陛下との謁見は俺が手配しておいた。結婚報告するがいい」


「ありがとうございます」


 これだからこの先輩には頭が上がらない。


「十剣の制服、返したんだってな」


 結城は、苦笑交じりに言って、酒を一口のんだ。


「あれは臨時だったからなようなものだったので」


「今回の件でグランエスタは完全な従属国になった。同盟ではなく従属だ。お前はもう少し日の目を浴びてもいい」


「嫌なんですよ。目立つとしがらみが増えそうで」


「それならもう手遅れだな。魔王を倒した勇者様」


 悪戯っぽく笑って、結城は酒をもう一口のんだ。

 その日はそのまま結城の家で寝た。

 手遅れだな、という結城の声が、頭の中に何度も響いた。



第九十八話 完

次回『謁見』


土日で十一話投稿することになると思います。

珍しく戦闘のほぼない期間です。

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