魔王ザムルカンド
シャロは城の外へと辿り着いた。
既に魔族軍の姿はなく、人間達は勝利にわいているようだ。
そんな中でも、深刻な表情をしている者がいた。
ブラストだ。
「どうやらとても厄介な敵が現れたようですな」
流石は王都の第一席。全てを察しているようだ。
「あの、猫を閉じ込めておくようなケージはありますか?」
第一席は頷くと、部下を呼んで手配させた。
シャロは、城を振り向く。
禍々しい気配は消えるどころか増すばかりだ。
空中では、暗雲が渦を巻いていた。
+++
一馬は魔王の剣を受けとめた。
しかし、それに使われた魔王の腕は二本。
残り四本の腕がある。
その四本に、それぞれ黒い剣が現れ、握られた。
一馬は後方へと跳躍する。
そして、結城とあやめが神速で魔王の腕を四本断った。
腕がまた生えてくる。
その体が、炎に包まれた。
静流の魔法だ。
地面が溶け、部屋中が熱を持つような高音の炎に魔王は晒されている。
しかし、魔王は歩いた。
そして、一瞬で静流との距離を詰めると、首を掴んで持ち上げた。
「人間混じりめ。ギルドラの匂いがする」
静流は抵抗していたが、魔王がその気になれば次の瞬間にも首を折れただろう。
一馬は背中から魔王に斬りかかった。しかし、傷一つつけられなかった。
「お前の父には恩がある。生かしておいてやろう」
静流の体が力を失ってだらりと垂れ下がる。
そして、魔王は静流の体を離すと、一馬の体に殴りかかった。
剣で防いだ一馬だが、数メートル吹き飛び、壁に叩きつけられた。
「まずは、一人。お前達はこの世界の精鋭なのだろうが、俺はその上をいく存在だ。後何分もつかな」
結城とあやめは剣を構え直す。
「一馬。覇者の剣は魔王を斬ったこともある剣だ。だから、勇者の剣とされている」
結城は、淡々とした口調で言う。
「お前なら、できる」
一馬は腰をさすりながら二人の傍に並んで剣を構える。
「俺とあやめが隙を作る。とどめを刺してくれ」
一馬は頷く。
結城が魔王に斬りかかった。
黒い円状の刃が周囲に広がるのを、結城は辛うじて避ける。
あやめも避け、結城に続いた。
「もう、溜め時間も作れないなんて」
あやめはぼやくように言う。
「これを機に意表を突く戦いだけじゃなく正攻法も磨くんだな」
結城はからかうように言う。
あやめは、膨れたようだった。
「居合九閃!」
「連撃!」
「斬華!」
「九連華!」
線の九撃と突きの九撃が同時に襲いかかる。
しかし、魔王は意にも介さない。
突きも斬撃も鋼のように受けとめてみせた。
その直前、一馬は飛び出していた。
覇者の剣は光を纏い、魔王に振り下ろされる。
「斬岩一光!」
激しい金属音がした。
魔王の肩を狙った一撃は、人間であれば肺がある位置まで食い込み、傷をつけた。
「ぐおおおおおおおお!」
魔王は叫ぶ。
その瞬間、黒い闇が魔王の体から放たれ、剣にしがみついていた一馬を除く周囲の人間を吹き飛ばした。
そして、魔王の首が飛んだのは同時だった。
「一閃血路……」
肩で息をしている静流が、いつの間にか意識を取り戻し、魔王の背後に周り、技を放っていた。
色々な剣士の技を模倣して不意を突く彼女は只者ではない。
「一馬! そのまま心臓を斬って! それがあいつの弱点だから!」
一馬は腕に力を込める。心臓に近づくにつれて硬くなる相手の体。挫けそうになる。焦燥感で今にも吐きそうだ。
その時、一馬はありえないものを見た。
城の外で、祈っているシャロが見えた。
そうだ。シャロと帰るんだ。自分達の家を持って、幸せに暮らすんだ。
覇者の剣は、強い光を放ち始めた。
そう、覇者の剣は勇者の剣。純粋な善の祈りに呼応する。
そうだ。守らなければならない人が沢山いる。
結城には奥さんがいるし、あやめを慕う人が一杯いる。
静流は冒険の大事な仲間だ。
皆が平和を願っている。
その時、魔王の首が物凄い速度で再生した。
「この若造がああああああ!」
部屋が光に包まれた。
一馬は覇者の剣の角度を変えると、そのまま横に走らせた。
心の臓を破壊する、確かな音がした。
魔王は、呆然とした表情で立ち尽くしていたが、そのうち自分の胸を見て、血を吐いて倒れた。
その体が崩壊していく。
そして、肉片が後には残った。
「この肉片にこの戦争の被害者の魂を集めること。それがギルドラの狙いだったんだわさ」
そう言って、静流は剣の端で慎重に肉片を持ち上げる。
「魔王復活作戦だったわけか。たまったもんじゃないな」
結城はぼやくように言うと、座り込んだ。
「疲れたけど生き残った。これで優恵にも怒られずに済みそうだ……」
「あら。その前にねぎらうべき存在がいるんじゃないかな」
そう言って、あやめは結城にウィンクする。
結城は、素早く結界を張った。
「ご苦労、元第二席。戻ってくる気はあるんだろう?」
「うん。私の目的は二つ。まずは人質を逃すこと。次は戦争になった時に状況を引っ掻き回したかっただけだからね」
「お前が一番の功労者だな」
「うんうん、労って、労って」
「私はしばらくこの場に残ります」
静流は、そう言った。
「どうして?」
一馬は問う。
「魔王の肉片は魂を吸ったままだ。犠牲者が浮かばれないし、復活させようとすればさせられるかもしれない。私はそれを成仏させるために働こうと思う」
「付き合うよ」
「俺は休暇中だが、そういう話なら仕方がないな」
「後片付けは沢山あるわけだ……あ!」
あやめが大きな声を上げたので、一同そちらに振り向いた。
「王様助けてくる! 王子様を紹介してもらうんだ!」
そう言って、あやめは駆けていった。
なにかがおかしかった。
その違和感の正体に、最初に気づいたのは、一馬だった。
「ギルドラの遺体が……ない?」
その言葉で、一同は即座に臨戦態勢に移った。
ギルドラの遺体は、斬られた腕ごと、見事にその場から消失していた。
+++
ギルドラは地面を張っていた。
魂はほとんど吸われたが、辛うじて生きている。
そして、その吸われた魂も戻ってきている。
彼らは魔王を倒したのだろう。
なんて化物なのだろう。
どちらが魔族なのかわかったものではない。
ギルドラは、影が差すのを感じた。
誰かが自分の前に立っている。
ここまでか、と思った時のことだった。
見上げると、そこにはキスクが微笑んでいた。
「魔族公。作戦成功まで漕ぎ着けた。結果はどうあれ見事だと褒めましょう」
場違いな拍手が周囲に響き渡る。
「キスク! お前の能力なら私を復活させられるはずだ! 頼む、肉体をくっつけてくれ!」
「再生能力が機能しないほどやられたんで?」
「……それ以前に、不条理の力で斬られた切断面を抉れん。首と心臓まではなんとか魔力で整えた感じだ」
キスクは笑った。
ギルドラは歯軋りする。
「貴様……裏切る気か」
「裏切る気など毛頭ありませんて」
キスクはそう言ってギルドラの額に触れた。
「遊具公キスク。あなたのために働くつもりは存分にあります」
ギルドラは目を見開いた。
しかし、次の瞬間、赤子のように瞳を閉じて、寝入った。
「さて。また一から出直しですかね」
ギルドラの体が消える。そして、キスクの体もその場から消えた。
第九十六話 完
次回『束の間の平和』
グランエスタ王国編大団円となります。




