勇者対魔族公
「ほう。貴様が噂の勇者殿か」
片腕を断たれた男が、面白がるように言う。
一馬は、それを睨みつけた。
「お前がギルドラか……」
「いかにも。魔界七公魔族公ギルドラである」
「あやめさん。静流を頼む。あれはヤバい」
「わかってるわ。一人で任せることになるけどいい?」
「まだ相手は隻腕の状態に慣れてはいない。勝機はある」
「わかった」
そう言うと、あやめは静流の元へ駆け始めた。
「勇者。数百年前に現れたおとぎ話のような存在だ。果たして、覇者の剣は真に自分の持ち主を選んだかな」
「正直に言おう。覇者の剣が俺を選んだのは偶然だ。もっと適任者はいるかもしれない」
そこまで言って、一馬は覇者の剣を構える。
「しかし、冒険と鍛錬で培った俺の実力は本物だ」
ギルドラの顔から笑みが消える。
そして、ギルドラは、片腕で巨大な剣を構えた。
二人とも、構えて間合いを保ち、相手の隙を待つ。
先に動いたのは、一馬だった。
神速の移動で相手の懐に入る。
腹をかっさばいて勝利だ。
そう思った途端、剣の柄が一馬向かって飛んで来た。
その危機が、一馬をゾーンへと導いた。
辛うじて後方へと避ける。
そして、振り下ろされる剣の一撃を覇者の剣で受けとめた。
相手は片腕。だというのに、鍔迫り合いは互角。いや、やや押されている。
一馬は剣を逸らすと、後方へ飛んだ。
「もう怖気づいたのかい、勇者殿」
なんとでも言え、と思う。
あのままあの場にいたら、斬り伏せられたのが目に見えていた。
そして、再び両者の剣はぶつかりあう。
甲高い音が玉座の間に響き渡った。
そこからは、純粋に剣技の勝負。
「面白い。人間にこれだけ鍛え上げられた存在がいるとは。貴様は第一席に匹敵する実力者だ」
ギルドラの顔は笑っていない。
一馬は、防戦一方になりながら受けに回る。
腕一本でなんて怪力だ。
逸らすのが精一杯だ。
ふと、ギルドラが腕を止めた。
そして、後方へ飛ぶ。
「私の同志になる気はないかね、勇者くん」
「……?」
突然の申し出に、一馬は呆気にとられた。
「もうすぐ魔王様が復活なされる。人間ではとても敵わぬ存在だ。それは君も例外ではない」
剣で、ギルドラは一馬を指す。
「勇者と魔王が手を組めば最強だとは思わんかね。この世界の果ての果てまで征服できるぞ」
「断る!」
即答だった。
そう、この心構えこそが一馬の勇者たる所以。
「戦火を知らない人々を巻き込む? 自分達が王になるために? そんな馬鹿らしいこと、俺は嫌だ! それなら、俺は隣で笑ってくれる一人を大事にしたい!」
「愚かさ、ここに極めりだな。愚かしい王族に振り回された人生を呪うがいい」
そう言って、ギルドラは剣を構えた。
これはいけない。一馬はそう思うのだが、打ち込もうにも相手に隙がない。
そうしている間にも、ギルドラの剣は闇を吸っていく。
ならば、一馬にできることは覇者の剣に光を集めること。
「一馬! 遠距離技が来る! 数本のライン状だ!」
静流が叫ぶ。
一馬は、無言で頷いた。
「魔導暗黒斬!」
ギルドラはそう言って、剣を振り下ろした。
闇が一馬に向かって走る。
一馬は剣を振り上げる。
覇者の剣から光が迸った。
眩い光が部屋を満たした。
そして、両者は無傷だった。
「相殺……?」
戸惑うように言うギルドラの懐に、一馬は入り込んでいた。
剣を振り上げれば、勝てる。
その時、一馬の腹部に衝撃が走った。
拳を腹に受け、吹き飛ばされ、一馬は壁にぶつかって血を吐く。
骨の二、三本は折れたかもしれない。電流のような痛みが一馬を襲っている。
「一馬!」
シャロが叫ぶ。
そして、ルルに蹴り飛ばされた。
「私はあなたを妹だとは認めない! 偽りの勇者のネームバリューに誘われ、契約をし、正義ですという面をしている。一番気に食わない類だ」
シャロは体勢を立て直して、立ち上がった。
「けど、あなたは私の姉なのよ」
一馬はギルドラの前に立った。
脇腹を押さえ、ふらつきながら数歩を歩く。
「まだやれるぜ。来いよ。俺は、タイマンじゃ負けたことがないんだ」
「愚か」
ギルドラは、憐れむように言う。
「それは今まで、お前の前にたまたまお前より強い存在が現れなかっただけのことだ。その終着点が、ここだ」
ギルドラは、剣を振るう。
一馬は、それを不条理の力で受け止める。
「その言葉には素直に頷けないが、今回は信念を曲げることにするよ」
一馬の背後から光刃が走った。
一馬は抱きついて、ギルドラの動きを止める。
ギルドラは一馬の背を殴る。
鈍い打撃音と骨が軋む音がするが、一馬は離さない。
光刃は、見事にギルドラの残った片腕を吹き飛ばした。
「おお……私の両腕が……」
一馬は数歩後退し、駆けつけた結城と肩を並べる。
「待ちましたよ、第一席」
「悪いな。ちょっと野暮用で残ってた」
静流も回復したらしく、立ち上がって剣を構えた。
三人は同時に魔族公を襲った。
ギルドラは静流を蹴り飛ばし、その隙に結城に心の臓を貫かれ、一馬に首を断たれた。
その瞬間、ギルドラが微笑んだのを一馬は確かに見た。
これで良い、とでも言わんばかりに。
ギルドラの首が地面に落ち、体が倒れた。
静寂が場を包む。
ルルが、黒猫の姿になった。
シャロは慌ててそれを捕まえる。
爪をたて、足蹴りをして暴れていた黒猫だが、そのうち諦めたらしく動きを止めた。
「終わったのか……?」
一馬は、実感がわかなかった。
あんなに強力だった魔族公。
それを倒したという実感がない。
それはまだ、この場に悪寒の元が溢れているせいだろう。
「いや、まだのようだ」
そう、結城は言う。
「シャロ。お前はルルを連れて城の外へ!」
一馬の指示に、シャロは素直に従った。
「一体なんでしょう。この悪寒は」
「生物的な本能だろう。普通にやれば勝てないと体が告げているんだ」
「普通にやらなければ?」
「勝ち筋はどんな時にもあるんだよ、一馬。戦う前ならばな」
その時、城がひび割れた。
地面が揺れている。
城が割れていく。
そして、その存在は現れた。
大きさは二メートル近く。突起が多い黒い鎧にマント。片腕には黒い剣。白い髪に青白い肌をしていた。
装備を考えなければ美青年だ。
「魔族公の魂は大きかった。お前達は皮肉にも、最後の生贄を俺に与えたわけだ」
彼は微笑んでそう告げた。
「お前は……何者だ?」
結城の問いに、彼は答えた。
「いいだろう。教えてやろう、人間。魔王ザムルカンドとは私のことだ」
背筋に鳥肌が立った。相手の仕草が、言葉が、殺気が、全て命の危機を体に訴えかける。
「ここで止めるわよ」
静流が言って、剣を構える。
あやめも、結城も、剣を構えた。
そして、一馬も、覇者の剣を構えた。
そして、祈る。
覇者の剣よ、全てを守ってくれと。
四方向からの突進。
「ふむ」
そう言った瞬間、チャクラムを大きくしたような円が魔王を包んだ。
それは急速な速度で巨大化して、城ごと四人を襲った。
辛うじて跳躍して回避する。
すぐに二撃目が襲い掛かってくる。
一馬は天井に穴を開けて捕まって回避した。
結城と静流は回避したようだったが、あやめは受けとめて地面に倒れ伏した。
「まずは、一人」
そう言った瞬間、魔王の姿が消えた。
彼は、あやめの上空に移動していた。
それを、一馬は腕の力だけで飛んで斬りかかる。
闇の剣が、それを受けとめた。
魔王は勢いもそのままに壁に叩きつけられた。
「ほう。覇者の剣……貴様が当代の勇者か」
「勇者かどうかは知らないけど、お前は俺達が止める!」
「一馬、避けろ!」
背後から結城の声がして、一馬は横へと避ける。
「刹那の太刀!」
静流が叫び、神速の一撃を叩き込む。
狙ったのは首。
誰もがその首が飛ぶと思っただろう。
しかし、静流の剣は相手に痛打を与えることはできなかった。
「な……」
静流は絶句する。その首が捕まれ、持ち上げられる。
「少し痛かったぞ、人間混じり。薄皮が斬れた程度だがな」
「一閃血路!」
あやめが必殺技を放つ。それは、魔王の腕を断った。静流が腕とともに地面に落ちて、咳き込む。
魔王の腕が再生する。
結城はその隙に、静流を抱えて距離を取る。
さらに、魔王の背中から四本の腕が伸びる。角が頭の中心から伸びる。
魔王は、六本腕の怪物へと成り果てていた。
しかし、一馬は勝機を見出していた。
「腕が断たれた! 意識を集中していない場所なら斬れるんだ!」
結城も、あやめも、静流も、頷く。
魔王は、深く息を吸って、炎の息を吐いた。
一馬は結界を張り、これは無理だと考え断界に切り替える。
そして、断界をも斬り裂いて、魔王は突進してきた。
一馬は、覇者の剣でその一撃を受けとめた。
戦いはまだ、終わりそうにない。
第九十五話 完
次回『魔王ザムルカンド』




