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望まぬ再会

 静流はいつものぐうたらぶりが嘘のように前を駆けていく。

 シャロはその後に続いた。


(これは……不条理の力じゃ、ない?)


 気配からそう察しとっているだけで、本当はどうかはわからない。


(なら、どうやってこの速度を可能に?)


 前を走っている静流は顔が見えなくて、感情が見えない。

 そして、玉座の間の前で静流は剣を抜き、扉を蹴り飛ばして開けていた。


 莫大な魔力が部屋の中に渦巻いて、シャロは瞬時に逃げ出したくなった。

 しかし、それは一瞬で消えた。

 まるで莫大な川の奔流を箸一本で止めたかのように。


 氷の針を手に突き刺されて痛がっている魔術師達が、部屋の中にはいた。

 玉座に座っている男は、氷の針を手に持って、二つに折ってみせた。

 間違いない。魔族公ギルドラだ。


「どうやら私の姉妹達は温室で育ったらしい。方向転換ですかな、父上」


 父?

 静流の口から出た思いもよらない言葉に、シャロは思考がフリーズする。

 静流は、複雑な表情をしていた。

 今にも泣き出しそうな。今にも怒り出しそうな。切なさと虚しさが同居したような複雑な表情。


 それに対して、ギルドラは愉快そうな表情をしている。


「ほう、ほう、ほう。家出していた放蕩娘がどこにいたかと思ったら、人間界にいたのか」


「母上は変わりないでしょうか」


「死んだよ。お前が家出して数年とたたずだ」


 静流は剣でギルドラを指す。


「あなたがあんな劣悪な環境に母上を置いたからだ! 母上はお前が殺したんだ! 人殺し!」


 それは、普段どこか本心を隠しているように見える静流には珍しい激情だった。


「丁重に扱ったつもりだ。お前の母は優秀な魔術師だったゆえな。そして、お前が生まれた」


「なるほど、だからか」


 静流は、微笑んだ。底のない憎しみが篭った、月が雲で隠された闇夜のような表情で。


「私の姉妹にしては、出来が悪いと思っていた」


 周囲の魔術師達は、憎悪を顔に浮かべ、手を前へと差し出す。

 その体に、次は釘サイズの氷が刺さった。


「決着をつけましょう、父上。私と、あなたの因縁に!」


「お前を才能豊かに産ませ、英才教育を施した。恨まれる理由が見えんな」


 魔術師達の不甲斐なさに苛立つように、ギルドラは立ち上がった。

 ルルが剣を持ってきてギルドラに手渡そうとする。


 シャロは飛び上がって、ルルを捕まえた。


「姉さん! 敵に利することはやめて! 私達は人間界の生まれなのよ!」


「姉さん……? 生まれ……?」


 赤いフレームの眼鏡がずれたルルは、それを直して戸惑うようにシャロを見る。


「そう! あなたは私の姉さん! ルル姉さんでしょ! シャロよ!」


「確かに、私達の顔はよく似ている……」


「姉さん!」


 その次の瞬間、シャロは腹を蹴り飛ばされて後方へ吹き飛んだ。

 静流がその前に立ち、庇う形になる。


 剣はギルドラに渡された。


「さて、剣技を見せてもらおうとしようか。お前は剣技が不得手だったな」


「はて。父上の他に私に比肩した者などいたでしょうか」


「その私との対戦成績を言ってみよ」


「……七十戦零勝」


「そうだ。それがお前の限界だ」


 静流は剣でギルドラを指す。


「私は人間界で、色々な人を見てきた。強い人、弱い人、夢のある人、ない人、意志が強い人、弱い人。その経験すべてが私の剣技にはつまっている!」


 静流は、吠えた。


「例え父上だと言おうと、私自身は否定させない!」


「否定するまでもない」


 ギルドラは不快げに眉根をよせる。


「お前は鬼子だ」


 二人は跳躍して、空中で剣をぶつかり合わせあった。



+++



(六対十といったところか)


 それが、実際にギルドラと剣を交えた静流の感想。

 相手のほうが格上だ。


 けど、勝てない相手ではない。

 運や調子、それによって起こる隙を見逃さなければ勝てる。


 しばらくは、受けに徹した。


「お前にはこれは見せていなかったなあ!」


 ギルドラはそう言って、剣を振りかぶった。


「魔導暗黒斬!」


 暗黒の刃が数本静流狙って飛ばされる。

 静流は反復横跳びの要領でそれを左右に避け、炎の壁を相手に飛ばした。


 驚愕したのはその時だ。

 ギルドラは、炎を突き破って突進してきたのだ。服はところどころ焦げているが、肌には傷一つない。

 そのまま、静流は蹴り飛ばされて壁へと衝突した。

 目が見開かれ、知らず知らずのうちに涙が滲み、血が口から吐き出される。


 しかし、この程度では死なない。なにせ、静流は半分魔族なのだから。

 肩に乗っていたキジトラのキャロルに問う。


「大丈夫?」


「うん、なんとか」


「普段と違って相当動くから。安全な場所に避難していなさい」


「けど……」


「お願い」


 静流の苦笑顔に、キャロルは痛ましいものでも見るような表情になった。


「わかった」


 静流は地面に落下する。

 キャロルが肩から降りて、駆けていく。


「猫に同情して逃したか。涙ぐましいものよな」


「父上こそ、げほっ、若い飼い猫を捕まえたようで」


「彼女はスペシャルなのだよ。亜人公の元にいる個体の方が優秀だがな」


 その瞬間、ルルの動きが鈍ったのが静流にもわかった。

 ルルと戦っていたシャロは、その隙を見逃さず、ルルを殴りつける。

 ルルは壁にぶつかって地面に落ちた。


 あれだ、と静流は思う。

 実力差を覆す隙への一撃。

 どうすればいい?

 どうすれば引き出せる?


「誘拐してしか子供を残せない男が子供を批評なんてよく言えたものですね」


「なんだと……」


 大きな咳を二度して、血を吐き出す。

 そして、呼吸を整えながら、微笑んだ。


「あなた如きが他人様であろうと自分であろうと子供を批評する資格などないということです。普通の家庭すら知らない私は、あなたの写し鏡。きっとこの血もそのうち消えるでしょう。無価値な無となって」


 いや、普通の家庭を感じられたことはある。

 遥と、一馬と、シャロと、キャロルと、過ごした時間。

 些細な食事でも、人ととる食事は美味しく、暖かかった。


(悔いは、ない)


「地獄で待っていてあげましょう! あなたが哀れにもなにも残せずに堕ちてくるのをね!」


「貴様! 娘と思って手加減していれば!」


 ギルドラが激高して飛びかかってくる。

 その姿に、正直失望した。

 この程度の言葉で激高するような父親だとは思いたくはなかった。

 けど、これが現実。


 自分は生まれる家を間違えたのだろう。そう思う。


(けど、仲間には恵まれた)


 静流は剣を引き、全力と不条理の力を足にこめて跳躍する。その速度は、音を置き去りにした。

 それは、見よう見まねの必殺技。

 上手く決まるかはわからないが、始動は成功した。


「刹那の太刀!」


 魔族公の太い立派な右腕が飛ぶ。

 そして、静流の腹部は切り裂かれていた。

 臓物が地面に落ち、血が流れる。


 朦朧とする意識の中で、もう一度集中する。

 手を開いて、握る。

 すると、姉妹達は、獄炎に焼かれて死んでいった。

 一瞬のことだ。苦しみもしなかっただろう。

 それが、せめてもの慈悲だった。


(普通の家だったなら……仲良く、なれたのかな)


 我ながらセンチメンタルだ。

 そう思い、静流は苦笑して、まぶたを閉じた。


「静流!」


 そう言ってキジトラの猫が駆けてくる。

 いけない。そう思ったが、声が声にならない。

 視界はもう半分暗くてなにがなにだかよく見えない。


 打撃音がした。


「咄嗟に助けたけどよ。小動物をいじめて楽しいのかよ、あんたは」


 一馬の声がした。

 涙が溢れ出す。

 勇者は、大事な時にやってきた。



第九十四話 完

次回『勇者対魔族公』

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