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王都決戦

 その日、シャロは一馬と同じベッドで目を覚ました。

 上半身を起こして、一馬の頬を撫でる。


 逃げるべきではないか。そんな思いが心にわいた。

 姉のことも大事だ。しかし、一馬を失えばシャロは生きていられない自信がある。

 二人揃ってさえいれば、自分達は笑い合える。


 一馬が寝ぼけてか、シャロの体に抱きつく。

 シャロは苦笑して、その頭を撫でた。


 それをきっかけにしてか、一馬は目を覚ました。

 眠たげに上半身を起こす。


「いよいよ、今日か……」


「そうだね、今日だね」


 シャロは苦笑顔のまま、一馬を胸に抱く。


「ありがとうね。わがまま聞いてくれて」


「多分、止められても俺はここにいたと思う。だから、感謝する必要なんてないんだ」


「けど、一人ぐらい君の勇気を理解する人間がいてもいいと思うんだ」


 一馬が、シャロを抱きしめ返す。


「二人して、生きて帰ろう」


「うん」


 一馬は立ち上がって、着替え始める。

 その肌着姿を見て、シャロはこの数日の出来事を思い出して頬が熱くなった。

 一馬は帝都十剣の証である赤い上着に身を通し、胸の中央で黄色い紐を縛る。

 戦いが始まるのだ。そんな予感がシャロに暗鬱な気持ちと少しの期待を抱かせた。


 準備を整えて、二人、外に出る。

 王国軍は既に準備完了していた。

 夕か朝かわからないが、どちらかの人物がドラゴンに乗って降下してくる。

 その隣に、もう一匹のドラゴンが並んで着地した。


「行くぞ」


 結城が言い、一馬の肩を叩く。


「ええ、行きましょう」


 二人はもう一匹のドラゴンに乗る。スピカ、静流、シャロがその後に続く。

 この五人が王宮突入組だ。

 ギルドラは魔族の長。

 できるだけ体力の消耗を避けるようにこの五人は直接王宮に突入する。


 狙うはギルドラの首一つ。


 残りは、王都の魔族部隊の殲滅を目的にしている。

 自分達の国を取り戻す。そして、それに協力する。

 そんな決意に燃えているのがわかる。


「それでは、ブラストどの」


 結城の声に、王都十剣の第一席が反応する。


「いや、ここは帝都十剣の貴方に」


「しかし……いや、わかりました」


 言い争うのも馬鹿らしいと思ったのだろう。結城は剣を掲げた。


「国を取り返せ! 誇りを取り返せ! ここは俺達の世界だ!」


 応じる声が重なって砦が揺れる。


「進軍!」


 こうして、帝国と王国の人類軍は前進を始めた。



+++



「王国軍残党、前進を開始しました」


「よほど自信があると見える」


 ルルの言葉に、ギルドラは愉快げに唇の片端を持ち上げる。

 いよいよか。なつめは心音が高くなっていくのを感じた。


「こうでなければ困るのだよ」


 そして、ギルドラは自分の前で膝を折る六人の人材に視線を移した。


「我が四天王よ。お前達は魔法で人類軍を迎え撃ってやれ」


「御意」


 四つの声が重なる。

 そして、ギルドラの視線が残り二人に移る。


「キスク、なつめ」


「はっ」


「お前達は城の守りだ。まあ私とルルがいればどうとでもなるから好きにするがいい」


「では、私は城門前に向かって敵を迎え撃ちます」


「よろしい」


「じゃあ僕は城内かな。いくら斬っても倒せない敵なんて相手も予測してないだろうねえ」


 そう言ってキスクは微笑む。

 その三日月のように開かれた口から見える歯の輝きを、なつめは気味が悪いと思った。

 この男、底が見えない感がある。


 しかし、今はまずは目的を達成しなくてはならない。

 なつめ達は、城門に向かって移動した。

 四天王が、その外に出ていく。


 何故か、隣にはキスクがいる。


「あなたは王宮内の護衛では?」


「ああ」


 キスクはそう言って、剣を抜いた。


「だから、王宮内の一番の危険人物を処理しにきた」


 そう言って一般人ならば見えないような速度で振られた剣を、なつめは居合斬りの要領で神速で刀を抜き、逸らした。

 なつめは数歩後退する。


 仮面が怪我を防いでくれた。しかし、役割を終えたようにその面にヒビが入っていく。

 そして、仮面は真っ二つに裂けた。

 鬼龍院あやめの顔が、相手には見えているだろう。

 そう。なつめの正体は、あやめに他ならなかった。


 キスクは三日月のように唇を開き微笑む。


「やっぱりねえ。魔族混じりと言えば同盟国の十剣に一人いると聞いていたよ。催眠術で傷を見せていたのかなか?」


 あやめは、下段に刀を構える。

 今回は、刀が折れましたで終わりというわけにはいかない。

 慎重に動かなければ。


 あやめは刀を鞘にしまう。


「居合九閃……」


「それは、させない」


 キスクは、あやめの眼前に出た。

 この間合では居合を使えない。

 苦し紛れで刀を抜く。

 剣と刀がぶつかりあった。


「楽しいなあ! 強い奴と戦うのは楽しい! それを喰うのも、楽しい!」


「くっ……」


 剣と刀が二合三合とぶつかりあう。

 あやめは自分は相手と互角なのだろうかと思い始めた。


 そうではない。相手の回復速度が尋常では無いのだ。

 腕を斬っても次の瞬間には再生している。


 自分にも結城や一馬のような必殺技があれば。

 そう思わずにはいられなかった。


 雑念は、ゾーンを乱す。

 いけない、と思い、あやめは集中力を練り直す。

 まずは目の前の敵を倒すこと。それが全てだ。


 その時、空から矢の雨が降った。

 あれはアローレイン。

 帝都十剣第九席、雲野朝の必殺技。


(来たか!)


 後少し耐えればいい。その事実は、あやめの気持ちを楽にさせた。




+++




 矢の雨が降り注ぐ前を、ドラゴンは前進していく。

 土が、風が、炎が、氷が、ドラゴンに襲いかかった。

 その全ては、炎の膜に相殺されて消えた。


「今のは?」


 結城が、淡々とした口調で言う。


「私の魔法だわさ」


 何事もなかったように静流が言う。


「あやめが褒めていたが、ここまでのものとはな……」


 結城は感心するばかりだ。


「さて、降りるぞ」


 そう言って、結城は不条理の力を使って地面へと見えない階段を降りていく。

 一馬も、スピカも、シャロも、静流もその後に続いた。

 乗り手を失ったドラゴンは、巣に戻ろうと飛んでいった。


 眼下を見ると、あやめが敵と戦っているところだった。


「あやめさん、無事ですか!」


 そう言って、一馬は斬岩一光を敵に打ち込む。

 敵はそれを回避して、一撃を繰り出してきた。


 その一撃を、結城が掴む。

 剣は先がひび割れて、先端だけが砕けた。


「ほう……怖い怖い」 


「結城くん! 危ないの! 王都の門の外に魔族公四天王が出ている」


「刹那が苦戦したって奴か……魔法での範囲攻撃は避けたいところだな」


「ええ。ここは、私と一馬に任せて。スピカと行って」


「わかった!」


 そう言って、スピカと結城は城門の外へ駆けていった。


「勝率はどんなもんでしょうね」


「こいつは簡単には倒せない。全身を一気に消滅させないと」


「それには……」


「そう、覇者の剣の必殺技がいる!」


「相談中に悪いけどさあ」


 キスクがそう言って、一歩を退く。


「鬱陶しいんだよお!」


 キスクの蹴りが一馬を襲った。

 一馬はその足を断つ。

 しかし、地面に傷口が触れる前に、敵の傷は回復してしまっていた。

 傷口が塞がったなんてものではない。元の形に再生したのだ。


「元はスライム系の敵? それにしては器用だけど」


 スライム系の敵。覚えがあった。

 今こそあの技を使う時だ。

 一馬は敵に斬りかかる。


「落華!」


 その一撃は、スライスチーズのように相手を右肩から左脇腹まで斬り裂いた。

 しかし、次の瞬間には上半身と下半身は一つの形にくっついている。


「不条理の力が通じない……?」


「僕は元々条理の外にいる存在だからねえ」


 敵はそう言って微笑む。三日月のような口から見える歯が輝いて見えるのが鬱陶しい。


「私が時間を稼ぐわ。必殺技の溜めをして」


「了解」


 そこで気がついた。

 静流とシャロがやけに静かだと。

 振り返ると、二人はその場から消えていた。


(ばっかやろう……!)


 ギルドラが二人で対処できる相手だとはとても思えない。

 しかし、今は目の前のことを片付けなければ。

 一馬は、前を見た。

 そして、愛する婚約者と、大事な友人の無事を祈った。



+++



 雲野朝はドラゴンに乗り、上空から戦地を眺めていた。

 敵はこちらを囲むように展開し、こちらは三ヶ所に戦力を集中する陣形をしている。

 自軍は八千。敵軍は五千といったところか。

 その時、城門から出てきた四体の魔物に、朝は悪寒を覚えた。

 あれはいけない。

 この場に存在してはいけないものだ。


 朝はアローレインをその四体に集中して放った。

 炎が、土が、風が、氷が、矢を無効化する。

 しかし、撃ち続けた。


 魔法を与える隙を作らせては駄目だ。

 そんな思いが、心を満たす。


 その時、四つの光が空中で混ざりあい、レーザーのようにドラゴンを貫いた。

 聞いたことがある。四つの属性の魔法を混ぜあわせて威力を数倍にも引き上げるエレメンタルカラーズという技を。

 しかし、その調整は慎重を必要とし、戦地では軽々と撃てるものではないはずだ。


 相手が一枚上手だったということか。

 朝は歯を食いしばる。


 その時、ドラゴンがゆっくりと落下地点を変えた。


「敵の場所に連れて行ってくれようとしているの……?」


 ドラゴンはもはや死にかけらしく、反応しない。

 朝はせめて応急処置になるようにと治癒の魔術を使った。

 一度に回復することは不可能だが、徐々に回復していくはずだ。後は本体の生存力次第。


 そして、朝は地面に降りた瞬間に、夕へと人格を交代した。

 唐突な呼び出しで現れ、一瞬戸惑った夕だが、傷ついたドラゴンと、数歩先にいる強い魔力を持つ存在を見て全てを理解した。


「俺は魔族公四天王炎のコルト。帝都十剣の第六席とも対等に戦った男だ」


「そう……」


「特別な剣士とお見受けした。お前は第何席だ?」


「九席」


「三席も下か。どうやら俺の勝ちは見えたな」


 大きく開いて笑顔を作ったコルトの口に剣が突き刺さっていた。


「千本桜」


 夕が呟くと、剣が高速の斬撃を相手に叩き込んだ。

 棚ぼた狙いで夕を遠巻きに囲んでいた魔物は、それで逃げ出してしまった。

 ドラゴンは傷が回復したらしく、上体を起こす。


「いけるか?」


 ドラゴンは弱々しく、しかしはっきりとした意志を感じさせる声をあげた。


「なら、いこうぜ。俺達の戦場へよ!」


 そう言った途端に夕は朝になった。

 朝は目を見開いた。瞳の端に涙が浮かぶのを感じた。


「なんで私、こんなスピードで飛んでるの~~!」


 しかし、夕ならさっさとアローレインを放てと言いそうなので、冷静さを保つように自分を落ち着けた。




第九十二話 完


次回『あやめの誤算とキスクの誤算』

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