対火竜戦
そして、一行は目的地に辿り着いた。
洞窟が、一行の前で巨大な口を開いていた。
「この奥にドラゴンがいるのか……」
ボランティア部隊の一人が慄くように言う。
「さっさと殺してさっさと出よう。狼や他の魔物に気づかれたら厄介なことになる」
遥はそう言って進んでいく。
一同は、その後に続いた。
そのうち、洞窟の中に広いスペースが見えてきた。
人の十倍はあろうかという巨竜が、丸まって寝ていた。
鎌首をもたげて、巨竜は一馬達を見る。
その口が、大きく開いた。
「俺の後ろに回って!」
一馬はそう言って結界を展開するのと、巨竜のファイアブレスが放たれるのは同時だった。
一馬の結界はファイアブレスを完全に遮断した。
「やるじゃない。けど、私を忘れてもらっちゃ困るだわさ」
そう言って、静流は手をかざす。
地面から氷の槍が生えて、巨竜の頭を思い切り突いた。ファイアブレスが一時的に止まる。
その瞬間、走り出す人間がいた。
遥だ。
遥は軽々と巨竜の頭まで飛び上がると、鞘から刀を抜いた。
「奥義……!」
刀に光が集まる。
「次元突!」
刀が前に突き出される。
その瞬間、巨竜の頭部が消えた。
完全に消滅したのだ。
その実力に、一馬は思わず舌を巻いた。
けど、こうも思うのだ。
勝てない相手ではない、と。
ボランティア部隊が沸いた。
「すげえやねーちゃん!」
「竜種を一撃じゃねえか!」
遥は振り返りもせずに、言った。
「卵があるはずだ。つがいがくる前に持ち出さないと厄介なことになる」
「おう」
ボランティア部隊が駆け出す。
遥は戻ってきて、刀の血を布で拭くと鞘に収める。
「やはり黒猫か」
遥は、淡々とした口調で言う。
「お前も黒猫は不吉とかいう世迷言を信じてるクチか?」
「馬鹿らしい」
そう言って、遥は壁を背に地面に座った。
そのうち、ボランティア部隊が卵を三つ回収し、一同は帰路につくことにした。
しかし、遥だけは動かない。
「私達の目的は卵だわさ。火竜の討伐までは仕事じゃないわよ」
そう、静流が呆れたように言う。
「駄目だ。トドメを刺さないと人里が襲われる恐れがある。俺はここに残ってつがいを待つ」
「俺もその意見に賛成」
そう言ったのは一馬だ。一馬は、遥の隣に座った。
「案外いい奴なんだな、お前」
「なっ」
遥はそう言って頬を染めると、そっぽを向いた。
「契約者がそう言うならしょうがない」
シャロは一馬の隣りに座る。
「仕方ない奴らだわさ……なら、私は荷車を町まで護衛したら、戻ってくるだわさ」
「好きにしろ」
遥はそれきり黙り込んだ。
荷車が動いていく。
それを見送ると、一馬は遥の顔を見た。
遥もこちらを見ていたらしく、目線が合う。
咄嗟に、遥は視線を逸した。
なんだか、その不器用ぶりが可愛く思えてきた。
「優しいんだな。命を守るために命を懸けるだなんて」
「失われた命は戻らない。どれだけ祈っても、嘆いても」
「……誰か、死んだのか?」
「ああ」
「仇を追っているとかそんなのか?」
「いや」
遥の頬に、一筋涙がこぼれ落ちた。
「殺したのは、俺だ」
「話が見えないな」
遥は、遠くを見るような表情になった。
「霧を使う敵だった。俺は仲間と一緒に刀を構えて周囲の気配に集中した。人の気配があった。その時見えた人影は、明らかに仲間の誰とも違うものだった」
遥は、顔を手で覆った。
「私がその時斬ったのは、子供ができたばかりの同じ道場の門下生だった」
一馬は黙り込む。
「謀られたんだ。笑えよ」
「笑えないよ」
一馬は壁を見ながら言う。
「お前は春が来る条件にはきっかけや出会いがあると言ったな」
「ああ、かもな」
「俺はお前程度の攻撃じゃ死んでやらねえぞ」
遥が目を見開く。
「俺達の出会いは、きっかけと言えるんじゃないか?」
遥はしばらく呆然とした表情で黙り込んでいた。
そうしていると、歳相応の可愛らしい少女に見える。
「結界に引きこもっていた奴が、よ、よく言う」
遥は、そう言って天井に視線を向けた。
悲鳴が響き渡ったのは、その時だった。
遥と一馬は同時に立ち上がる。
そして、一馬はシャロを抱き上げて、勢い良く駆け出した。
遥もその後をついてくる。しかし、徐々に遅れていった。
そして、一馬は洞窟の外にでた。
洞窟の中の巨竜よりも一回り大きなドラゴンが、人間の死体らしきものを掴んでその場に立ちはだかっていた。
ドラゴンは息を吸い、ファイアブレスを吐こうとする。
その顔が、氷漬けになった。静流の技だろう。
ドラゴンは顔を地面に叩き付けて氷を破壊する。
「俺達の後ろに下がって」
そう言って、一馬は刀を抜いて荷車部隊に指示を送った。
「何人……何人殺してきた!」
遥が、初めて感情を露わにした。
怒りが瞳に宿っている。
「くっくっくっく。あーっはっはっはっは」
ドラゴンは笑った。
「これはおかしなことを言う。お前達だって家畜を殺して食べているだろう。何故、お前達だけが特別なのだ?」
遥も、一馬も、黙り込む。反論の言葉が思いつかない。
ドラゴンの目が細められる。
「強いからだ。世の中は弱肉強食。弱いものは自然淘汰されていく。そしてドラゴンは人より強い。それが全てだ」
「ドラゴンに文化が作れるか? 本を書けるか? 歴史を記録できるか?」
「記憶することはできる」
「会話ができるからって話が通じるとは限らないんだな」
遥が呆れ混じりに言う一馬の横を通り過ぎ、跳躍する。
それは神速と言っても良いほどの素早い動きだった。
それを、ドラゴンは片手で掴んだ。
「っち」
遥は肩に乗った垂れ耳の猫を掴んで、シャロに向かって投げた。
そして、ドラゴンが息を吸い、遥は目を閉じる。
それと、一馬が行動を移したのは同時だった。
不条理の力。
条理を書き換え自分の身体能力を飛躍的に向上させる技。
十剣や十剣候補は皆その技を会得している。
それは、一馬も一緒だった。
そして特筆すべきことは、一馬は異世界転移という不条理な状況に置かれて、条理への疑念を強く持っていた状態だということだ。
条理が心の中で揺らぐほど、不条理の力は強くなる。
一馬の不条理の力は、遥のそれを越えていた。
一瞬でドラゴンの前に飛び出る。
「遥! まだ死ぬことなんてない!」
刀を振り下ろす。
光が刀を覆っていた。
「一岩斬光!」
光が、ドラゴンの頭部をチーズのように真っ二つにした。
これは、刹那に習った技だ。
岩のように堅いものを斬る技。
「やっぱり、俺達はお前のきっかけなんだよ」
そう言って、一馬は遥に歩み寄っていく。
遥はドラゴンの手をひっぺしている最中だった。
「共に、行こう」
そう言って、一馬は遥に手を差し出す。
「……俺は、お前を殺すかもしれないぞ?」
「俺のほうが強いもん。死なねーよ」
遥はしばらく黙り込んでいたが、そのうち顔を覆った。
「それにお前の猫うちの師匠と一緒でヒール系のスキル持ちだろう? 回復役は必要だと思っていたんだよ」
「竜次。私も新しい段階に進んでいいのかな……」
「待つだわさ!」
声が上がる。
静流が入り込んできた。
「そんな面白い話、私も混ぜるだわさ。正直今回のパーティーはかなり心強かっただわさ」
遥の肩が震えていた。
声を殺して泣いているのだとわかった。
シャロがそっと一馬の肩に手を置く。
一馬は頷いて、その場に座って遥が落ち着くのを待った。
「長い冬だったな」
一馬は、呟くように言った。
第九話 完
次回『祭りの日』




