四方院なつめ
「なつめ。キスクを助けたその功績、それだけで褒美に値する」
玉座の間で、完全回復したキスクを隣になつめは膝を折っていた。
玉座に座るのは、勿論ギルドラだ。
その隣には、ルルもいる。
「いえ。刀も折られ、配下も失い、情けない結末だと思っています」
「良いのだ。優秀な人材さえ残ればいい。私の目標はこの地の制圧ではない」
それは、おかしな理屈だった。
ならば何故、魔族公は地上に出た?
「なにを言っているかわからぬ、というような目だな」
ギルドラは目を細めて微笑む。
「……戸惑いはします」
なつめは、言葉を選んで答える。
「なに、あと少しでわかる。私の目的も、この戦いの勝敗も」
そう言って、ギルドラは立ち上がった。そして、巨大な剣を鞘から抜く。
「なにやら鼠がこそこそ動いているようだ」
「鼠?」
なつめは、戸惑うように言う。
「人質を逃した奴がいる」
場の空気が一瞬で凍りついた。
「なつめ。もしもお前が私の忠実な配下だと言うなら、仮面をとってくれないか」
なつめは溜息でも吐きたい気分になった。
その展開は、想定済みだ。
なつめは、仮面を脱いだ。
火傷の痕がついた顔が露わになる。
その顎を、ギルドラは掴んで顔を自分の方に向かせる。
「ほう……昨日今日の傷ではなさそうだな」
「子供時代の傷ですので」
兵に連れられて、人間が一人部屋に入ってきた。
見覚えがある。グランエスタの宰相だ。
「おい、この女は帝都十剣にいたか?」
宰相は真っ青な顔でまじまじとなつめを見つめると、首を横にふった。
「私の知る限りではこのような帝都十剣は存在しませんでした」
「そうか……」
そう言って、ギルドラはなつめの顎を放す。
「心拍数に変化もない。本当のことを言っているようだな」
ギルドラはぼやくように言って玉座についた。
「なに、悪かった。仮面をかぶるがいい」
「はっ」
なつめは仮面をかぶる。
その下で、火傷が消えた。
なつめはサキュバスの血を引いている。
外見を偽る催眠はお手の物というわけだ。
「申し訳ないのですが、次の刀を」
「そうさな」
ギルドラは物憂げに言う。
「攻めてくるだろう。奴らは」
「僕は通常戦力では蹴散らされるだけだと思いますよ」
キスクが言う。そして、言葉を続けた。
「強い人材を優先的に使って犠牲を少なくするのが賢いと思いますね」
「一般論ではそうだろう」
ギルドラは、物憂げに言う。
「だが、私は通常戦力で奴らに挑もうと思う」
なつめは愕然とした。
この男、魔物だというのに魔物の命を命とも思っていない。
まるで、道具のように。
生贄に捧げるように。
(生贄……?)
なつめはふと、その考えに意識を取られた。
答えは、あっているような気がした。
第八十九話 完
次回『王都決戦の前に』




