王国内突入
シルカの砦はグランエスタ王国人類軍の最後の抵抗勢力だった。
その砦は、今、魔物に囲まれている。
結界を代わる代わる張り、投石機などで敵を牽制してなんとか状況を維持しているが、それが切れたら厳しいというのが正直なところだ。
結界の能力者は少なく、黒猫と契約して本格的に結界を張れる人材というのは今この場にいない。
後何日保つか。
そう思いつつ、日々は過ぎていく。
その時だった。
空にドラゴンが舞った。グランエスタの獅子と二本の剣の旗がその上に立っている。
そこから、三人の剣士が飛び降りた。
無茶だ。あの集団を三人でなんて。砦の人間は殆どがそう思っただろう。
その考えは次の瞬間にあらためられる。
東と南に降りた二人が、剣を鞘から抜いて、振り下ろした。
光刃が放たれ、広範囲の敵を吹き飛ばした。
西に降り立った一人は、三角形を描くように広範囲の敵を斬りたおした。
ドラゴンに乗った最後の一人は、どういう魔術か数百の矢を放ち、北の敵集団に痛打を与えた。
見張り台に立っていた男は、叫ぶ。
「援軍だ! 帝都十剣だ! 打って出る時です!」
王都十剣第一席ブラストは、少し悩んだようだったが、頷いた。
「全軍出撃! 敵を殲滅し、帝都十剣を守れ!」
何日も包囲されて死んだ目をしていた集団に、剣呑な光が宿った。
そして、門は開かれた。
東と南の敵は既に全滅。
西に元の半数ほど敵が残っているぐらいだ。
いや、全滅ではない。
東と南に、一体ずつ人型の魔物が残っている。
「こっちはいい。ここは帝都十剣第一席の俺に任せろ! 西へ援護へ行ってくれ!」
そう言って、帝都十剣第一席は敵へと突進した。
南も、同じような状況のようだった。
+++
一馬は覇者の剣を強く握りしめていた。
目の前にいる、仮面をかぶったロングヘアの女。
仮面だけで誤魔化しようがない。
蠱惑的な良い香り。
刀に手を添えた居合使い独特のフォーム。
細く柔らかそうな肢体。
彼女はどう見ても、鬼龍院あやめだった。
「どういうつもりだ、あやめさん」
「……」
相手は黙り込んでいる。喋ることを忘れたように。
ただ、居合の構えを解かず、それは心も体も近づくことを拒否しているかのようだった。
「裏切ったのかよ、俺達を!」
一馬は、叫ぶ。
「私は四方院なつめ」
なつめは、淡々とした口調で言う。
「裏切ったというならそうなんでしょうね。私は、あなたの敵よ」
一馬は激高した。
信頼していた十剣。
そこからの裏切り者の出現は一馬の心の傷をえぐった。
「引きずってでも連れて帰る!」
「……相棒を置いてきた今、あなたの結界は弱くなっている。無茶はしないことね」
「技量だけでも、今の俺なら勝てる!」
「言ったわね。なら、その腕を見せてもらいましょう」
そう言って、あやめは刀の入った鞘を引く。
一馬はそれに飛びかかった。
速度勝負。
どちらの速さが上か。
「一岩斬こ……」
「居合五閃」
呟きと同時に刀が抜かれ、五連続の居合が放たれた。
「赤き後光」
刀が折れて、宙を飛んだ。
一馬は咄嗟に防御に転じたのだ。
覇者の剣の硬度に、普通の剣は耐久できない。
刀ならなおさらだ。
「結界なしでも五回全てを防いだ、か。なるほどね」
そう言うと、なつめは刀を鞘におさめ、一馬に背を向けた。
「逃げるんですか!」
「好きにとってもらってかまわない」
なつめは拒絶するように言う。
「所詮、私は魔物混じりということよ」
そう言うと、なつめは空を駆けていった。
後に残った一馬は、しばらく呆然としていたが、すぐに味方の援護に向かわねばと我に返った。
西に降りたスピカはまだ敵に囲まれているはずだった。
王国軍と魔族軍の軍勢がぶつかりあっていた。
+++
結城は不気味な思いでいた。
相手は緩い雰囲気の男性だ。
剣をだらりとぶら下げて立っている。
まるで無防備。
だというのに、隙が見えない。
男性は、剣を構えた。
緊張感が場に漂う。
「僕はキスク。ぞくぞくしているよ。それだけ鍛えられた人間を喰えるなんて滅多にないことだ」
結城は眉間に皺をよせる。
「マンイーターか」
「どうだろうね。僕は自分のルーツを知らないんだ。捨て子だったからねえ」
そう言いつつ、キスクは近づいてくる。
「ただ、人間は好きだよ。美味しいからねえ。鍛えていれば鍛えているほどいい」
「つまり、趣味でここに来たという訳か」
結城は嫌悪の情を隠さずに表に出す。
「まあ、そうも言えるかな」
そう言った瞬間、キスクが視界から消えた。
しかし、敵を侮る結城ではない。
右へ飛んだのは見えている。
接近してきたキスクと、目があった。
キスクの一撃を回避し、腰から真っ二つにする。
キスクは上半身と下半身が真っ二つになって倒れた。
そう思った次の瞬間、血の触手が傷口から溢れ出し、上半身と下半身を繋げる。
そして、キスクは立ち上がって自分の服についた土をはらった。
まるで、砂場で遊んだ子供のように。
「帝都十剣第一席って言ったっけ」
「ああ、言った」
「強いなあ。今ので五回は斬れると思ったのになあ」
「彼我の戦力差も掴めぬのなら前線へ出るのはやめておけ」
「それは、弱い弱い体を持つ人間の話だよ」
キスクの口が、三日月のように開かれる。
白い歯から、吐息が漏れているのがわかる。
「その証に、僕はこうして立っている」
「……粉々にするしかなさそうだな」
そう言った途端に、結城の剣に光が輝き始める。
全てを浄化するような、白銀の輝き。
「そっちに集中力を割いて大丈夫?」
キスクは、笑うように言う。
そして、剣を持って結城に飛びかかった。
神速の一撃。
それを躱して、結城は剣を振る。
光刃が放たれ、キスクの下半身が消滅した。
「あれ……?」
キスクは地面に落ちる。
「おかしいな。僕に勝てる奴なんて……いるはずないのに」
そう言っている間にも、キスクの足は再生を始めている。
キスクは剣を掲げた。
その首根っこを、引っ掴む者があった。
仮面をかぶった女性だ。
「存分に遊んだでしょう、キスク。今は状況が不利だわ。帰るわよ」
キスクはしばらく拗ねた子供のように結城を睨んでいたが、そのうち気が抜けたように苦笑した。
「そうだね。無理をして死んだら遊べなくなっちゃう」
そう言って、二体は空中を飛んでいった。
それは、紛れもなく不条理の力。脆弱な人間が魔物に対抗するために身につける技術だった。
「……ふむ」
結城は呟く。
勝鬨が響いている。
掃討戦だと残った敵を追いかけるような愚かな指揮官でなくて良かったな、と結城は思う。
魔物と人間では身体的なスペックが違いすぎるのだ。
一般兵が集団になっても、倒せない敵というのは存在する。
とにもかくにも、シルカの砦は取り戻した。
それは、グランエスタ王都への道が開いたこと、王国内の人類軍最後の勢力が自由になったことを意味していた。
第八十八話 完
次回『四方院なつめ』
今日は九話ほど投稿しようと思います。日付をまたいで日曜までかかるかもしれません。




