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王国軍進軍

「そうか、奴は負けたか……」


 ギルドラは玉座で頬杖をつき、ぼやくように言う。


「頭が粉々だったと聞きます。帝都十剣の仕業でしょう」


 ルルは、赤いフレームの眼鏡の端を上げて言う。


「帝都十剣。侮っていたわけではないが、やはり厄介よな」


「そうですね」


「あの作戦は進んでいるかね、ルル」


 普通ならば、どの作戦か問い返すところだが、ルルはその作戦がなにかを即座に察したようだった。


「兵は全員御しています。人質が奪い返されたことを知られなければ、上手く使えるかと」


「よし」


 ギルドラはほくそ笑んだ。


「ならば人に見せてやろうではないか。人の力を」


「帝国領に攻め込むと?」


「ああ。相手は今人質の保護と護衛で時間をとられているだろう。うかうかしていたらこちらの攻めている城にも援護に向かいかねない。今のうちに、潰さねばならぬのだ」


「了解しました。人間族の兵を前に出し、その後方に我々の軍を配置します」


「お前は理解がよくて助かる」


「秘書ですので」


 そう言うと、ルルは一礼をして部屋を去っていった。


「さて、どうする帝都十剣」


 ギルドラはほくそ笑んだ。


「味方が全滅しようと、十剣が全滅しようと、俺の勝ちだ」


 誰かがいれば、その発言の意図を訊いただろう。

 しかし、この場には誰もいなかった。



+++



 人質があらかた帝都に運ばれ、再びひりつくような空気が漂い始めた野営地で、一馬と結城は話しあっていた。


「少し遠回りしたが、不動のところへ行ってやってくれ。なに、不器用だがいい奴だ」


 そう言われ、一馬は不動の居場所を目指して移動を始めた。

 十分もしないうちに、目的地についた。

 以前より速くなっている。自身の力の向上を、一馬は素直に喜んだ。


「帝都十剣第二席代行、二神一馬だ。第四席の石動不動殿と話したい」


 肩書は使うに限る。

 兵の数人が慌てて不動を呼びに行った。

 そして、不動は現れた。


 いかつい名前に似合わず、小柄な美少年だった。

 しかし、一馬を射抜くような視線には、自信が感じられる。


「俺はあやめさんしか第二席と認めない」


「だから、代行だ」


 そう言って、一馬は肩を竦める。

 不動は苦笑した。


「お前の噂は色々と聞いている。背びれ尾ひれがついていないのならば、加入は助かるところだ」


「大軍の指揮は専門じゃない。君の仕事の邪魔をする気はないよ。俺は一人の兵隊だ、好きに使ってくれ」


「そう言ってもらえるとやりやすい」


 そう言って、不動は一馬に背を向けた。


「ついてこい。お前のテントに案内する」


「わかった」


 その時、遥が背後に着地した。

 その腕に抱かれた静流は気分が悪そうだ。


「話は?」


「ついた」


 一馬は短く答えると、不動の後についていった。



+++



「あー、温かい風呂に入りたい」


 季節は初夏。体から汗が流れ出る。

 一馬は平和な昼下がりにぼやくように言った。


「この事件が終わったら、また一馬の世界に行こうか」


 人間モードのシャロが提案する。


「シャロの姉貴も一緒にな」


 ルルの話は、シャロも聞いていた。

 魔界から地上に上がっているとなれば、好都合だ。

 シャロの表情に、影がさす。


「けど、こうも思うのよ。魔物の中で育ち、魔物のために働く姉は、もう人間界には適応できないのではないかと」


「できるさ」


 一馬は、呑気な口調で言う。


「俺達が傍にいれば、きっと適応してくれる」


 シャロは苦笑する。


「そうだね」


 その時、扉がノックされて開いた。


「一馬。その時がきたようだ」


 不動が淡々とした口調で言う。


「その時、というと?」


 一馬は、ある程度想像がついていたが訊ねた。


「王国軍が、我々の野営地目指して進軍を始めた」


 決戦は、近付きつつあった。



第八十六話 完

次回『人対人』

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