人質奪還作戦
血の匂いがしていた。
下級魔族達が人質を喰らう匂いだ。
斬る、斬る、斬る。
闇夜の中で、あやめはひたすら刀を振った。
二十は斬っただろうか。
敵は沈黙した。
斬った敵の中から鍵を探し出し、見つける。
鍵には丁寧にも檻の番号が書かれていた。
それで、檻にかかった鍵をひたすら開けていく。
中に囚われた人々が駆けて逃げていく。
「南の城は魔物に囲まれています! 帝都へ駆けてください!」
あやめは懸命に叫ぶ。
人々が従ってくれるとは限らない。ただ、なにもしないよりはマシだ。
三十分ほど、そんな作業に時間を費やした。
「君も喰えばいいのに」
呟くような声が、闇の中に響いた。
あやめは刀を握り直す。
建物が燃えていく。
その中で、一匹の魔物が歩み寄ってきた。外見は人に近い。ただ、顔色は真っ青だ。
魔物の指があやめを指差す。
「君は魔物混じりだろう? 喰ってみろよ。案外美味いぞ」
「私は人間です。カニバリズムは御免被りますね」
「カニバリ……? まあ、なんだ。生で喰うのが嫌なら調理してやるよ」
そう言って、魔物は前方に火を放った。
「シェリー」
あやめは呟く。肩に乗る猫に向かって。
「わかってるにゃ」
結界が張られた。それは火を阻んで通さない。
そのまま、あやめは神速で魔物の元へと移動した。
「居合三閃……」
刀の柄を右手で掴む。
「三日月!」
魔物の首が高々と舞い上がる。
それは地面に落下せず、魔物の手に掴まれた。
そして、魔物は首を元の位置に戻す。
傷口が急速に回復した。
「へえ、面白い。スピード全振りってわけか」
なにが面白いものか、とあやめは思う。
今ので終わりにするはずだった。
長引くのは面白くない。
ただでさえ、この魔物が目立つ炎を作り上げてしまったというのに。
「小腹が空いているんだ。君を食べるのも、良いかもしれない。俺はキスク。君を喰うものだ」
そう言ってから、キスクは小首を傾げる。
「いや、しかしそしたら僕は同族喰らいになってしまうのかな?」
「私は人間だと言ったでしょう!」
あやめが刀を振るう。
キスクが抜いた剣が、それを防いだ。
彼の口が開き、笑みが浮かぶ。
「なら、喰っても問題はないわけだ」
刀と剣がせめぎ合う。
(こいつ……私の使う不条理の力に対応している……只者じゃない)
あやめは歯噛みする。
こうしている間にも、敵は集まってくる。
その時、建物が倒壊して、それを避けて二人は後方へと飛んだ。
そのまま、あやめは不条理の力を使ってその場から逃走した。
+++
「人質達が逃げている?」
早い朝食をとっていた結城は、ドラゴンライダーからの知らせを聞いて戸惑いを顔に浮かべた。
「集団が動いているから敵かと思いましたが、武器も持たぬ一般人でした」
「魔物どもは追いかけているだろう」
「少数の魔物が追いかけているようです」
「出ねばならぬというわけだ」
そう言って、結城は立ち上がった。
「一馬、来れるな」
「はい!」
共に朝食をとっていた一馬も立ち上がる。
そして、まだ薄暗い空へと駆け出した。
前方には結城。それでも一馬のために速度を落としているのがわかる。
一馬は、歯を食いしばってついていく。
(もっと強く、もっと速く!)
速度が徐々に上がっていく。
結城は微笑んで、速度を上げた。
二十分ほど経っただろうか。
馬に乗った魔物十匹に先導され、千を超える数の人間が移動させられているのが見えた。
結城と一馬は着地すると同時に、魔物を真っ二つにした。
残り八匹の魔物が振り返る。
それをまた、斬った。
全滅させるまで二分とかからなかっただろう。
「帝都十剣第一席、天道寺結城です。あなた達の安全は俺が保証します」
気が抜けたように座り込む者もあった。
「しかし、どうして人質が?」
一馬は、戸惑うように言う。
「あやめが生きているということだろう」
結城は微笑んで言う。
「あいつ、人の生活リズムまで把握してやがるからな」
後半はぼやきだった。
「まずは国境を越えよう。話はそれからだ」
そう言って、結城は人々の前に立って、先導を始めた。
+++
「人質が逃げただと……?」
早朝に叩き起こされて明らかに不機嫌なギルドラに、ルルは膝を折って頷いてみせた。
「手引するものがあったようです。クラウ将軍が駆けつけましたが、一歩遅かったようで」
「……奴ならば間に合うだろうか」
「彼、ですか」
ルルは躊躇うように言う。
「奴は今、どうしている?」
「鎖に繋いであります。大人しくはしているようです」
「情緒が安定しているならそれでいい。行かせろ」
「しかし……」
「俺の決定が不服か?」
「……いえ」
ルルはそう言って立ち上がると、部屋を出ていった。
「人間の中に手引するような腕を持つ者はいないと思うが……なにやらきな臭いな」
ギルドラの呟きが、玉座の間に溶けていった。
+++
朝日が見えてきた。
結城は老婆を担いで、一番前を歩く。
人質なだけあって、女子供が多い。
進行はどうしても遅くなる。
その時、一行の前に、巨大な魔物が降り立った。三メートルはあるだろう。筋肉質なその腕は、どれだけの破壊を可能にするかわからない。
結城は老婆を地面に立たせ、一馬はその隣に立ち、二人して剣を抜く。
「先へ行ってください! 魔物を倒したらすぐに追いつきます」
結城は叫ぶ。
一行は、歩む速度を上げた。
「くっくっくっく。俺に勝てるつもりか?」
「お前のような自信過剰な馬鹿を沢山倒してきたから、第一席という座を与えられている」
結城はぼやくように言う。
「ただ」
結城は、一馬に告げるように言った。
「王都からあの短時間で追いついてくる速度。只者ではないようだな」
「ああ、そうさ」
そう言って、魔物は剣を腰から抜く。
「俺はギガスと人間のハーフ。人間の知能と技、ギガスの腕力を併せ持っている。貴様らより優秀な存在という訳だ」
「ギガスなら俺は何体も斬っている」
結城は、淡々と告げる。
「お前もそうだろう? 一馬」
一馬は、頷く。
ギガス程度の腕力ならいなしようはある。
「言ったな、人間」
魔物は、歯を見せて笑った。
巨大な剣が振り下ろされ、地面をえぐる。
一馬と結城はそれを躱し、示し合わせたように魔物の首を左右から斬った。
いや、斬ったはずだった。
しかし、魔物は一際速く反応し、後ろに体を反らしてそれを避けた。
(やばい……!)
魔物の振るった剣が、一馬と結城を弾き飛ばした。
二人は草をえぐりながら地面に着地する。
そして、再び突進した。
ギガスの腕力に人の技。そして、その巨躯からなる攻撃範囲。確かに厄介だ。
「さっさと片付けて帰らねばならぬ。黒猫のお嬢さんにまた封じられてしまうのでな」
一馬は、動きを止めた。
巨大な剣が振るわれる。
それを、一馬は覇者の剣で受け止める。
「黒猫、と言ったか」
一馬の尋常ではない様子に恐れをなしたように、魔物は一歩を退いた。
「ああ、言ったが?」
「名前はルルか? シーリンか?」
「覚えちゃいねえなあ。多分、ルルだと思うが」
「そうか。それで話は十分だ」
一馬は前を向いた。
集中力は今までにないほどに高まっている。
覇者の剣に受けとめられてひび割れていた巨大な剣が、割れた。
一馬は跳躍する。巨大な魔物に向かって。
「何故だ! 何故人間の分際で私の剣を……」
「遠回りしようと時には先人の力を借り、いつかは先人より前へ。それこそが人の歴史、積み重ねだ!」
一馬は剣を引く。
「五連華!」
五回の同時突きが魔物の頭に突き刺さった。
魔物は倒れると、二度と起きることはなかった。
結城が近づいてきて、一馬の肩を抱く。
「こいつ、一人で決めやがって」
「二席ですからね。少し張り切りました」
シャロの姉がいる。この、国に。
(思ったよりややこしい話になりそうだ……)
一馬はそう思い、体の底から震えるような思いを抱いた。
第八十五話 完
次回『王国軍進軍』
今日は三話投稿予定です。




