シャロと双葉
困ったな、というのがシャロの正直な気持ちだった。
一馬の妹に一緒に寝ようと誘われたが、共通の話題がない。
しかし、これから親族になるのだから誘いを無下にすることもできず、シャロは一馬の妹の部屋にいる。
「シャロさんはベッド使って。私は布団使うから」
「うん、ありがとう」
そう言って、ベッドの上に寝転がる。
枕は、元の世界では嗅いだことがぐらいいい匂いがした。
こちらの世界の人は匂いにこだわりがあるようだ。
「それで? お兄ちゃんとシャロさんの出会いって?」
「えーっと、もう一年前半前ぐらいになるからなあ……」
「そんなに前からの付き合いなんだ」
「うん。あっという間だったよ。初めて会った時、私はある場所へ行きたかったの。けど、ボディーガードが必要だった。一馬は金欠だった。お互いの利害が一致して、一緒に冒険を始めたって感じかな」
「お兄ちゃんらしいや」
「どんなピンチに陥っても、一馬は仲間を見捨てることはなかった。自分が前に立ち、自分が傷つくことを選んだ。物語の勇者様みたいに」
「お兄ちゃん、らしいなあ……」
双葉はしみじみとした口調で言う。
「お兄ちゃんね、裏切られたんだよ」
双葉の言葉の後、しんと部屋が静まった。
「お兄ちゃんが転校したのは、不良校って言われてたけど、いじめられて転校してきたような子が多い場所だった。それでも金をたかってくるような元の高校の人がいて、そういう人達からお兄ちゃんは皆を守ろうとした」
シャロは、黙って話を聞く。
「そのうち、お兄ちゃんは番長なんて呼ばれるようになって、そうなると他の高校の不良のトップがお兄ちゃんを排除しようとするようになった」
双葉が、目を伏せる。
「最終的に、お兄ちゃんは全員に勝った。けど、裏切った人が出て、お兄ちゃんは凶器を持った三人と戦うことになった。そして、消息を断った」
双葉は、深々と溜め息を吐く。
「まあ、よく生きてたよね」
「一馬は、強いよ」
シャロは、取り繕うように言う。
「うん、知ってる。正義感と勇気。二つを持った人だって。けど、それじゃいつまでも幸せになれないよね」
双葉は、シャロの手を取った。
「だから、安心してるんだ。シャロさんがいればお兄ちゃんはもう無茶しないって。平和な夫婦生活を望んでくれるって」
シャロは双葉の髪を撫でた。
そして、苦笑した。
「保証できないなあ」
「知ってる」
双葉も、苦笑いを浮かべた。
二人は手を繋いだまま、そのまま眠りに落ちた。
+++
静流のいびきを聞きながら、遥は思う。
これのどこが静かに流れる川の水のごとしなんだろうと。
魔法といいいびきといい彼女は騒がしすぎるのだ。
ふと、厚手の本を見つけて、遥はそのページをめくった。
そこには、とても精密な絵が何枚も飾られていた。
一馬に聞いたことがある。写真だ。
数ページ開いて、思う。
あやめそっくりな幼い少女が写っている。
あやめの少女時代の写真と言われても信じてしまうだろう。
「一馬も苦労してたんだなあ……」
この少女があやめと似た性格かはわからないが、遥はそんな感情を抱いたのだった。
少女の一馬を見る視線は、恋する少女のそれだった。
第八十一話 完
次回『緊急要請』




