父と母と一馬とシャロと
居間で、一馬は両親と向かい合っていた。
隣では、黒いワンピースに身を包んだシャロが、居心地悪そうに肩をこわばらせている。
沈黙が、場を包んだ。
「あの、私、一馬さんと結婚させていただきます、シャーロットと申します。シャロとお呼びください」
「異国の方か」
「あ、けど、私はこの言語しか使えないです、はい」
再び、沈黙が漂った。
父が大きく息を吐いた。
「いや、よく来てくださった。この一馬という男は喧嘩とサボりばかりが上手い男でな。それが腰を据えて落ち着くことにしたという。まことにめでたい」
「そんなこと、ないです」
シャロが、微笑んで言う。
「一馬は誰にでも優しいし、少し変わったところがあっても差別しないし、勝てないような相手にも勇敢に挑みかかる。私は一馬以外の結婚相手は今となっては考えられません」
父が目を丸くした。
「その優しさ故に、争いごとに巻き込まれることがあってもか?」
「それは、触れ合って、矯正していけたらと思っています」
「そんなこと考えてたのかお前」
「結婚するってことは腰を落ち着けるってことだよ、一馬」
シャロは飄々とした口調で言う。
「そうか……理解者を得たのだな」
父はそう言って微笑むと、立ち上がった。
「母さん、行こう。仏間に布団を敷いた。客人はそこでゆっくり休むといい。一馬、お前には話がある。道場でしばらく待っていろ」
そうして、両親は行ってしまった。
「認めてもらえたのかな……?」
シャロが不安混じりに言う。
「今にもシャロを抱きしめんばかりに認めてた」
一馬は苦笑交じりに言う。
「私もお母さんに結婚報告しなきゃなあ。手紙でも書くかなあ」
そう、シャロは遠くを見て言った。
一馬は無言で、その肩を抱いた。
+++
父は道場にやってくると、竹刀を一馬の前に置いた。
そして、自分の分の竹刀も用意する。
一馬はなにも言われずとも、竹刀を構えて立った。
道場の匂い。竹刀を持った父。全てが懐かしい。
居心地の良さを感じるほどに。
「見たことのない型だ……しかし、隙がない」
父は感心したように言う。
そして、竹刀を構えた。
「以前はまったく竹刀を持たなかったお前だが、刀を扱う世界に行って一年と数ヶ月と言ったな」
「ああ、言った」
「なら、その修練の成果を見せてみるがいい」
気になっていたことがあった。
不条理の力を使えない。
この世界では、不条理の力は条理に組み込まれていないらしい。
しかし、一馬にはゾーンがある。
父は竹刀が振り下ろすと同時に、一馬はゾーンに入った。
遅い。
昔はあれほど鋭く感じた打ち込みが、今は緩く感じられる。
軽く避けて、面を打った。
父は唖然とした表情になる。
「なるほどな。速度反応技術全て既に私を超えているようだ。よくぞそこまで……」
「良い師匠がいたんだ」
「一年と数ヶ月、か……」
父は天を仰いで噛みしめるように言うと、一馬を見た。
「それで、お前はどちらの世界を選ぶ気なんだ?」
父の言葉に、一馬は返事を失った。
「この世界は、確かに一度お前を裏切った。けど、優しかったこともあったはずだ」
「俺は……」
一馬は言い淀む。
「まあ、結論は急がんさ。未だに信じ難い荒唐無稽な話だしな。ただ……」
そこまで言うと、父は竹刀をしまった。
「どこの世界にいようと、お前に理解者ができたことはわかった。正直、安心した」
そう言って、父は去っていった。
父には悪いが、一馬の気持ちは決まっている。
魔界に脅かされているあの世界を守らねばならぬのだ。
ただ、いればいるほど郷愁に胸焦がしている一馬がいた。
第八十話 完
次回『シャロと双葉』




