その瞳に輝きはなく
火竜の卵奪取作戦が決行された。
ボランティアの面々が荷車を引いて歩いて行く。
その前を、一馬と静流とシャロは歩いた。
「ちょっと剣を見せてみなさいよ」
静流がそう言うので刀の入った鞘を手渡す。
静流は刀を鞘から抜いて、その刀身に見入った。
「細い剣ね。切れ味に特化した、相手の攻撃を躱しきる自信がないと使えない剣。打ち合いをすれば曲がって鞘に収まらなくなるだわさ」
「師匠から譲り受けたものだ」
「よっぽど自信家ね」
「刀が曲がらないように打ち合う技術もある。それを習った。あんたもそうだろう?」
そう言って、一馬は静流の隣を歩いている新規メンバーに声をかけた。
隣町のギルドから正式に依頼を受けた女だ。
その力は未知数だが、実力者として認められているということはわかった。
その腰には刀があった。
女は無言だ。
「遥、話しかけられてるよ。答えるぐらいはしようよ」
女の肩に乗ったたれ耳の猫が言う。
「五月蝿い。お前は口出ししなくていいんだ」
「その言い方はどうかしら」
シャロが噛み付く。
「契約を交わした人間と猫の立場は同等よ。主人ヅラしないで」
「お前も不思議な奴だと思うがな」
女、いや遥の瞳が、シャロを見る。
「お前は猫だろう」
シャロはぐっと黙り込む。
「耳を隠すような帽子に尻尾を隠すようなロングスカート。何者だお前は」
「普通の猫だよ」
一馬はそう言ってシャロを庇う。
遥はしばらくシャロを眺めていたが、その視線をふいに前に向けた。
「まあ、いい。仲良くする気はない。仕事を片付けて報酬を貰って淡々と別れよう」
そう言って、遥は黙り込んだ。
「なんだよ、景気の悪い面したねーちゃんだな!」
「俺達の町へも来いよ。酒が美味い店教えてやるぜ!」
ボランティア部隊が声をかける。
しかし、遥は無視した。
沈黙が場に漂った。
そのうち、森を切り開いた道に辿り着いた。
まずは荷車を進めやすいこの道を使う。
歩いているうちに夜になった。
一馬は豚汁を作り、一同に配っていく。
そして、なんとなく遥の隣りに座った。
「なにか不幸があったんだな」
遥は無言だった。
「わかるとは言えないけど、辛いことがあると他人を遮断する気持ちはわかるよ」
「わかる?」
遥が反応した。
「けど、人生は四季のようだ。夏の日にあえぐこともあれば、冬の雪に苦しむこともある。けど、最後には桜の木が俺達を出迎えてくれる。それが俺達の人生であり一年一年だ」
「くっくっく」
遥は笑い始めた。
周囲の面々が戸惑うような表情になる。
「恵まれた奴のお題目だなあオイ」
「これは師の教えだ。侮辱するなら斬るぞ」
「ああ、斬ってみろよ。俺も飽き飽きしていたところだ」
「遥!」
耳の垂れた猫が焦ったように立ち上がる。
それで、一馬も少し冷静になった。
「これは俺の実感だ。それのなにが間違っているという」
「どんなに善人でもちょっとした事故や病気で死ぬ。そいつらの季節は夏や冬で止まったままだ。春には永遠に辿り着けない。そもそも」
そう言って、遥は立ち上がる。そして、刀を鞘から抜いて、一馬に突きつけた。
一馬も、刀の柄を握る。
一触即発の空気が周囲に漂い始めた。
「長い冬を越えられる人間は恵まれてるんだよ。出会い、きっかけ、人脈、偶然。そんなものが人を引き上げる。それは神に愛された者のみに与えられたものだ。冬で足を止めたまま首をくくる人間なんて腐るほどいるのさ。お前の師匠、第六席赤羽刹那も、見出されなければ日の目は浴びなかった」
一馬は反論の言葉を失う。
確かに、なんとかやってこれたのは刹那の助けがあったからだ。
今生きているのはシャロのおかげだ。
出会いに恵まれた。
それは紛れもない事実だった。
一馬はしばらく言葉を探していたが、苦笑した。
「けど、俺達と出会えただろう?」
遥は虚を突かれた表情をしていたが、そのうち気が削がれたとばかりに素早い動作で刀を鞘に収めた。
「不寝番の順番はそっちで決めてくれ。俺は寝る」
そう言って、遥は布団をかぶって寝始めた。
「申し訳ないにゃ」
垂れ耳の猫が本当に申し訳無さそうに言う。
「いいさ。人間生きていれば色々事情はある」
そう言って、一馬は豚汁を少しすすった。
「一馬は大人だにゃあ」
「……そうかな」
「そうにゃ」
一年の間に教わった色々な師匠の人生訓も少しは効いているということだろうか。
ならば、嬉しかった。
+++
山沿いの道を歩き始める。
一馬が荷台を持ちあげようとすると、遥が片手でひょいと持ち上げて運んでいってしまった。
「なんだあの力……」
ボランティア部隊が唖然とした口調で言う。
「なあ、シャロ」
「うん、間違いないわ」
シャロは遥の背中をじっと見つめる。
「あれは、不条理の力よ」
第八話 完
次回『対火竜戦』




